「神戸のお嬢様」ことジャイアントパンダのタンタン
神戸市立王子動物園で24年間くらしたジャイアントパンダの“タンタン”は、まんまるな体にちょこんと短めのおみ足を持ち、お顔も非常に愛らしい「特別なパンダ」でした。
パンダはみんなかわいいけれど、それにしたって、こんなにかわいい子がいるのか! と感心するくらい、かわいい。外見だけじゃなくて、しぐさや内面もふくめて、かわいいんです。
グルメで繊細な性格の持ち主だったタンタンは「神戸のお嬢様」と呼ばれ、みんなに愛されました。SNSのハッシュタグ「#きょうのタンタン」で彼女の姿を見かけたことがある方も多いはず。
そんなタンタンの魅力や愛されっぷりを味わう本が『水曜日のお嬢様 タンタンのゆるゆるライフ』です。著者はパンダライターの二木繁美さん。関西在住の二木さんは、タンタンの中国への返還が決まった2020年からWEB連載「水曜日のお嬢様」を開始。当時コロナ禍で移動も制限されていたため、日本中のタンタンファンのために、神戸のお嬢様ことタンタンの様子を発信し続けました。
例えば春のある日のタンタン。
おむすび持ってるみたい……! ね、めちゃくちゃかわいいでしょ? 写真と文章からタンタン愛がめいっぱい伝わって優しい気持ちになります。本書は、WEB連載「水曜日のお嬢様」の一部に加筆・修正して構成された本です。タンタンの魅力たっぷり。
本来なら2020年に故郷の中国へ帰るはずだったタンタンは、コロナ禍や自身の病気などの事情によって、帰国が延期され、2024年3月に28歳で亡くなるまで神戸で暮らしました。28歳は人間でいうなら100歳近く。本書の最後に添えられた「タンタン年表」をぜひ読んでください。
タンタンが王子動物園の飼育員さんたちとすごした最後の数年間には、たくさんのキーワードがあります。例えば「日なたぼっこ」。それから「治療のための試行錯誤」に「毎日のトレーニング」、もちろん「お昼寝」、「静かな生活」、あとは「ごほうび&ご機嫌伺いのリンゴ」や「サトウキビジュース」もはずせません。
どのページから読んでも「お嬢様、どうかお健やかにね」とつぶやきたくなる本です。
グルメお嬢様
タンタンの特徴の一つが「グルメ」なのは、いかにもお嬢様らしくてかわいらしいチャームポイントではありますが、お世話をする飼育員さんにとって、タンタンのグルメっぷりは一大事でもあります。
ある日のお嬢様のお食事はこんな感じ。
最近、食欲が旺盛なタンタン。竹が気に入らないときは、よく扉の前で、飼育員さんに圧をかけていますが……。
梅元さんは「僕はすぐに、新しい竹を用意します。でも、あげられる竹は基本、冷蔵庫の中の分しかない。気に入る竹がない場合は、ほかのものを与えて、気を紛らわせてあげることもあります」と話します。
竹は、火、木、土と決まった曜日に、まとめて入ってくるので、途中で補充するということができないのです。(中略)
「タンタンは、同じ人が採ってきた竹でも、束が違うだけで食べなかったりするんです。そもそもパンダは食に対する欲があまりないんです。タンタンも竹がおいしくなかったり、手が届かなかったりしたら『もういいや』とあきらめて、食べない」(中略)
梅元さん曰く「パンダの飼育で大事なのは、食べさせること」。
飼育員の梅元さんの苦心と、タンタンの「もういいや」と気むずかしい(繊細な?)ところ、そしてパンダ飼育の難しさが伝わってきます。言葉を交わせない、食の好みが複雑な相手になんとか食べてもらうって大変。
そして2023年1月25日のタンタンは、とびっきり大好きな飲み物を楽しみにしていたようです。
最近は早起きだというタンタン。飼育員さんたちの気配で目を覚まし、二度寝をキメた後は寝室へ入ります。
「サトウキビジュースのおねだりですね。僕らもすぐに出せるように用意はしています」と梅元さん。
タンタンは、寝室でジュースがもらえることを知っているのです。(中略)
「サトウキビにはミネラルが含まれていますし、竹より栄養価が高いですね」
そう、タンタンといえばサトウキビジュース。このサトウキビジュースのことだけで何時間も語りたくなるくらい、タンタンと縁の深い大切な飲み物です。食欲がふるわないタンタンのお腹と心を満たし、ときにはタンタンに必要な薬を飲んでもらうためにも活躍しました。そして気持ちいいくらいの飲みっぷり!
このジュースのためのフライパンも、飼育員さんの知恵と工夫のたまものです。お嬢様ってば横顔もかわいいなあ。
ハズバンダリートレーニングの鬼
優雅にお庭をお散歩して、大好きなサトウキビジュースを味わうお嬢様には大事な仕事がありました。それが「ハズバンダリートレーニング」です。
ハズバンダリートレーニングは、健康診断や治療を受ける動物を麻酔で眠らせることなく、起きたまま協力してもらうためのトレーニングです。心身に負担の大きい麻酔はそうそう使えないけれど、動物に協力してもらえるなら、こまめに健康診断や治療が施せます。
タンタンは「ハズバンダリートレーニングの鬼」と呼ばれるくらい、トレーニングが上手で診察に協力的なパンダでした。
先日は、口を開ける練習をしている姿が紹介されていました。
そのときの命令語は「あ~ん」。じつはこれ、タンタン用のオリジナルなのだそう。
「口を開ける動作のかけ声が、あ~ん以外に思いつかなかったんです」
まるで小さな子どもを諭すよう。かわいすぎやしませんか。
かわいすぎる。そしてこんなエピソードも大変かわいい。王子動物園で最もハズバンダリートレーニングが得意なお嬢様とて、「やる気」があるときと、そうでないときの差が激しいのです。
やる気満々でトレーニングルームに入ってくる、タンタンの様子も公開されていました。
「いい状態な証拠ですね。でも、やる気があるかどうかは、中に入らないと分からないんですよ」
タンタンの気分は、入ってきたときの雰囲気や表情でわかるのだとか。
「機嫌が悪そうだなと思ったら、とりあえずリンゴをあげてみます。それで食べない場合は、もうダメですね」
リンゴを食べた場合は、多少やる気がなくても、気を紛らせながら続けるのだそうです。
リンゴにそっぽを向いたらトレーニング終了。やっぱりかわいい。そして人間とパンダのちょうどいい距離感と、なるべくストレスを与えずにトレーニングを続ける飼育員さんたちの工夫が、本書ではたびたび描かれます。そう、お嬢様の「ゆるゆるライフ」は、ただ甘やかされていた日々というわけではなくて、動物園で生きる動物が、健康かつ安全に長生きするために大切な過ごし方が詰まっていたんですよね。
でも「お世話も闘病生活も大変だわ」と思うよりも「お嬢様、さすがですね」と応援したくなる。タンタンがみんなに大切にされていたことと、タンタンが飼育員さんと一緒にがんばっていたこと、なにより「ゆるゆるライフ」の愛らしく優雅な様子にフフッと笑いたくなる本です。ぜひ手に取って、タンタンの魅力を感じてほしいです。
(引用写真は本書より)
レビュアー
ライター・コラムニスト。主にゲーム、マンガ、書籍、映画、ガジェットに関する記事をよく書く。講談社「今日のおすすめ」、日経BP「日経トレンディネット」「日経クロステック(xTECH)」などで執筆。
X(旧twitter):@LidoHanamori