「没頭状態は、作れる」――それが本書の提示するテーゼである。つまり、仕事や勉強などに没頭して取り組みたいのに、なかなか集中できない人、または一時的に集中できてもその状態の作り方をコントロールできない人のための本である。けっこう、そういう人が世の中の大部分を占めるのではないだろうか。
著者はイベント会社の社長として、ゲーム系・IT企業系・スポーツ系などのイベントから株主総会まで、ありとあらゆる種類のイベントを4000回以上こなしてきたという人物。「人を楽しませるためには、まず自分が楽しむこと」をモットーに、時には得意分野とは言えないであろう仕事にも果敢に取り組んできた人の言葉なので、説得力がある。
そんな著者が、自分が仕事に臨む際、また社長として人を使う際に実践してきた「没頭状態の作り方」を教えてくれるのが、この本である。
僕の考える没頭には2つの大きな軸があります。
1つ目の軸は「時間を忘れて集中している」という【集中】の軸
2つ目の軸は「楽しくて夢中になっている」という【楽しみ】の軸この2つの軸が掛け合わさった状態こそが「没頭」です。
楽しみながら、時間を忘れて1つのことに集中する。そうすることで、生産性が上がり、卓越したパフォーマンスにつながっていくのです。
「没頭とは何か?」「没頭できない5つの理由」「没頭を作る技術」といった各章のタイトルからわかるとおり、この本を手に取る人が求める内容が、徹頭徹尾わかりやすく書かれている。たとえば第1章「没頭とは何か?」では、時が経つのを忘れるほどマンガやゲームに熱中した子どもの頃の記憶などを例に、誰にでもある経験として「没頭状態」のメカニズムを解き明かしていく。久しくその感覚を味わっていない人ほど、じっくり読んでほしい箇所だ。また、何事に対しても夢中になれない、なったことがないという人には、第2章「没頭できない5つの理由」が有効だろう。
そして第3章「没頭を作る技術」は、具体的なメンタル・トレーニングの方法を示す、本書の中核とも言える部分だ。何しろ「忘我の境地」と言うくらいなので、その状態に辿り着くまでの経路をよく覚えていない場合も多い。「いちいち考えなくても自然と没頭できるから大丈夫」という人もいるだろう。しかし、どんな人でも必ずつまずくときが来る。そういうときの「脱出のヒント」として本書を読んでおいても、損はないのではないだろうか。
常日頃から社長としていかに人に仕事をしてもらうかを考えている著者の筆致は、さすがの話し上手・教え上手で、読みやすい。集中に導くメンタルのあり方を示したイラストや、人間の心理傾向を表すグラフや図形なども効果的だ。また、各章の終わりには「実践ワーク」として、読者がメモを書き込むスペースも設けられており、まさしく実践書として親切に作られている。
後半では「没頭力を引き出すマネジメント術」という章が設けられ、人を使う立場から他者(部下)を没頭に導くスキルが解説される。現代の「働き方改革」の観点からも興味深い内容だ。たとえば、部下の「褒め方」のくだり。これは上司のほうが「その仕事をいかに理解しているか」を試される場面でもある。
「褒める」のポイントは、成果に対して細かく褒めること。
部下の頑張りを認め、その努力を称賛することは、部下のモチベーションを高めるうえで非常に重要な役割を果たします。
しかし、ここで注意しなければならないのは、褒めるべきポイントを見落とさないこと。ついつい大きな成果のみに目を奪われがちですが、1つの業務の中には、多くの達成項目が存在します。
最後に設けられた「没頭を奪う『疲れ』の回復法」という章も、現代人には必読の内容だろう。仕事も大事だが、それによって「潰れていい」人生など存在しない。休息をとり、自由な時間を設けることの重要性も本書では語られる。そして、心身のゆとりを奪う「自責」との向き合い方は、実は多くの人が求めている教えなのではないだろうか。
僕がよく従業員に伝えているのは、「発想を責めろ。自分を責めるな」ということ。
自分を責めすぎて、いちいち心をすり減らしていては、仕事に没頭なんてできません。自分を責めることをやめ、心を守る方法を知ることが没頭への近道なのです。
つまり失敗から学ぶべきことは、自分の価値ではありません。むしろ、問題をどのように解決するかという発想力が重要なのです。自分を責めすぎると、創造性が妨げられ、前に進むことが難しくなってしまいます。
自責の念のかけらもなさそうな政治家みたいな人間になってしまうのは困るが、本書では失敗から前に進むためのメンタル・コントロールのしかたもアドバイスされる。そのメソッドは堅実で、的確で、信頼できる内容だ。
レビュアー
ライター、ときどき編集。1980年東京都生まれ。雑誌や書籍のほか、映画のパンフレット、映像ソフトのブックレットなどにも多数参加。電車とバスが好き。