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2024.09.11

レビュー

【トラウマ】自然に治癒することはなく、一生強い「毒性」を放ち心身を蝕み続ける。その画期的治療法を解説

「トラウマ」の知識と、その治療法

嫌な出来事に見舞われ、「もうトラウマになりそう」と思わず口にしたことがある。それだけで周囲が「ショックなことが起きたんだね」と理解してくれるほどに、「トラウマ」という言葉は私たちの日常に浸透している。

しかし、トラウマは本来「心的外傷」と呼ばれ、抱えきれないほどのつらい経験によって受けた心の傷を指す。私が発した軽い言葉では表せないような、深い傷を心に負ったまま生きている人もたくさんいるはずだ。

心の傷は目に見えない。そしてそれを癒やすには「カウンセリングを受け、傾聴、共感してもらうといい」「時間が解決する」と考えられていることが多い。傷ついた人に向かって「蒸し返さずに忘れる努力をすべき」と諭す人さえいる。
トラウマとは、傷ついた人が忘れるための努力をしたり、じっと耐えることでしか解決できないものなのだろうか。

そんな気持ちで手に取ったのが、『トラウマ 「こころの傷」をどう癒やすか』だ。
この本は、一般的な読者へ「重症のトラウマ」とはどのようなものかを説明するとともに、今現在、実際にトラウマを抱える当事者へ、安全かつ再現性の高い画期的な治療法を解説した一冊だ。

心身を蝕む深い傷

本書におけるトラウマとは、災害や事故のような「一度だけの大変怖い経験」ではなく、虐待などの「長年にわたって繰り返される怖い経験」による心の傷を主に指す。
それがいかに心だけでなく、体にも影響を与えているか……本書では、まずその点が語られる。

心の傷であるトラウマは、たばこや酒、薬物等への依存を引き起こして肉体の寿命を縮め、ときには犯罪に加担するきっかけも生む。そして、肉体的な傷のように自然に治ることもないと言う。

これは、トラウマによって起こる脳の変化を示した図だ。「心の傷」が、脳に与える影響はとても大きい。

性的虐待における後頭葉の視覚野の萎縮、および脳梁の萎縮、暴言被曝による側頭葉の聴覚野の一部の肥大、体罰による前頭前野の萎縮、DV目撃による視覚野の萎縮、複合的虐待における海馬の委縮など、きわめて広範かつ重篤なものでした。

本書の著者の杉山登志郎先生は、発達障害と複雑性PTSDの第一人者だ。この本を読み進める前の私は「長く繰り返される怖い体験」が複雑性PTSDを引き起こすのはわかるが、発達障害は脳機能の発達に関する障害なので、トラウマとは関連が薄いのでは?と思っていた。
しかし「恐怖」「心の傷」によって脳がここまで変化してしまうのを知ると、決して「トラウマは気持ちの問題」ではないことが理解できる。

本書にはトラウマの原因となった出来事についての具体的な記載もある。興味本位ではなく淡々と、しかしそれでも目を覆いたくなるような深刻な実例が綴られる。

たとえば、トラウマを抱える人の中には深呼吸をできない人が2系統いるという。ひとつは言いたいことをこらえ、飲み込みたくないものを飲み込んできた人。そして……。

2番目は、水責めにあった経験がある人です。

人から水責めを受けた事がある人が“系統”になるほどの数、存在することだけでも驚きなのだが、そこに続く症例は読むだけで涙が出そうな壮絶さだ。かつて受けた心の傷や恐怖体験が、歳を重ねてもなお、深い呼吸の邪魔をする。心の傷と体は深く関連しあっている、何よりの証拠ではないだろうか。

トラウマは、心だけでなく、身体に深く打ち込まれた楔のようだと思う。杉山先生は言う。

トラウマはからだの中に外から押し込まれた、いわば“異物”です。

トラウマを「抜いていく」

この異物を「抜いていく」のが、本書で紹介する簡易型トラウマ処理TS(Traumatic Stress)プロトコールである。

本来は生きるための防御反応だが、トラウマを抱えた人にとっては非常に辛く、治療の妨げにもなる「フラッシュバック」。
TSプロトコールは、このフラッシュバックを軽減し、トラウマ治療を促進する処理技法だ。
はじめに 専門医による診察と診断を行い、フラッシュバック軽減のための漢方薬と向精神薬を処方する。薬物療法の効果を確認後、簡易的なトラウマ処理を行う。 必要に応じて、継続的なカウンセリングやサポートを提供する……というのが治療の大まかな流れだ。PTSDや解離性同一性障害をはじめ、幅広いトラウマ症状に効果を発揮するという。

このTSプロトコールは、本書に掲載されたQRコードから動画でも確認できる。その動きは、一見「これがトラウマ治療?」と思うような意外なものだ。しかし、トラウマに正面から向き合う「カウンセリング」などに比べ、「フラッシュバックを軽減する」「セルフケアも織り交ぜて治療を進められる」ことは、高い安全性を保ちながらトラウマ治療を成立させられるポイントになるだろう。

本書で解説されているのは、心の傷口を広げず、えぐらず、押し込まれた異物を負担なく抜いていく……。そんな「心の癒やしかた」のひとつだと感じた。

レビュアー

中野亜希

ガジェットと犬と編み物が好きなライター。読書は旅だと思ってます。
X(旧twitter):@752019 

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