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2024.07.25

レビュー

声変わり、生理、アセクシャル……思春期の戸惑いや悩みを描く短編集

今日もユーウツな“あなた”へ

中学2年の“あなた”。今日の気分はどうだろう。
私の気分は底から10センチ上くらいをずっと漂っている。子どもの定期テストの結果は散々だし、抜いた親知らずの跡はジクジク痛いし、五十肩でピシッとまっすぐ手が上がらないわけ。カンベンしてくれよ……。それが私のユーウツ報告。
で、中学2年の“あなた”。今日の気分はどうだろう。今日もユーウツ?
今から『あるいは誰かのユーウツ』ってタイトルの本を通して、“あなた”とちょい話したいんだ。

この本は、それぞれにユーウツを抱えた登場人物が、ちょっとずつ関わりながら展開する。
「大人になる」ってことが理解できない悠太は、ネットの向こう側にいる歌い手さんに心惹かれている。
あかりさんは、毎月やってくる生理と、男子の無理解にイラっとしている。
ギャル道を突き進んでいるけど、実は体毛が濃いことを気にしている早記さん。
大好きな漫画キャラクターの推し活動に熱心な冨岡さんは、自分の胸に擦り寄ってくる痴漢に嫌な思いをしている。
「好きだ」が溢れるJ-POPに辟易している鉛口(かなぐち)さんは、恋愛に興味がない。「好きだ」と告白してきた男子に申し訳なく思い、恋愛体質の親友に煩わしさを感じている。
ハルカ先輩からグイグイ迫られる藤くんは、いろいろ気持ちが追いつかない。
登場人物の悩みは、絶望的に面倒臭い「シシュンキ」ってヤツに関わるものばかりだ。“あなた”だってそんな悩みを、大なり小なり共有しているんじゃないかな。

かくいう私も「シシュンキ」を経験した。だからって簡単に「わかる」とか言っちゃうつもりはない。というか、“あなた”の悩みを本当にわかっているのか自信がない。偉そうなことを言える立場にいない。そう感じるんだ。なぜか……?

「でも現実的にはね……」とか、最悪だから

ちょっと前『生理のおじさんとその娘』ってドラマが話題になった。「生理について、ちゃんと男性も理解しなきゃいけない」って時代に突入したんだと思う。でも大人が「大賛成!」って口で言うのと、現在進行形「シシュンキ」の“あなた”が行動するのとじゃ大変さが違う。そもそも生理についてきちんと理解している男性の大人なんて、ほんの一握り。私も『はたらく細胞LADY』って漫画を読んで、ようやく基礎の基礎を知った程度だ。そんな無知な大人やバカな男子生徒を相手に、戦わないといけないなんて心底大変だと思う。同情する。

“あなた”が生きやすい世界を作るために、必要な新しい価値観がどんどん生まれている。ジェンダー、ボディ・ポジティブ(自分の体を愛するという考え方)、境界線、多様な性、性的同意……。これまでいい加減な扱いを受けてきた、古くて、根深くて、新しい問題。そんな問題解決の最前線に立たされているのは、実は「シシュンキ」の“あなた”じゃないかと思うんだ。私はそういう問題をいい加減にやり過ごしてきた世代だから(これは主観だけど、少なくとも今30歳以上の大人は、そういう大変さを知らない)、「偉そうなこと言えないな」って思う。

そして“あなた”が行動を起こすとき、「現実的にはね」「そうは言ってもさ」って壁が現れる。多分、いや間違いなく、その壁に苦戦する。心折れることも多いと思う。「もういいや」って最前線から離脱する人もいるだろう。誰もそれを責められない。でも、ひとつだけお願いだ。自分を閉じないでほしい。自分を開いて、感じることをやめないでほしい。体毛が濃いことに悩んでいたギャルの早記さんが、つながり眉毛のフリーダ・カーロの自画像を見て「なにか」を感じたように……。

この本の「三段ホックとナベシャツ」って話の中で、素敵なシーンがある。
胸が大きいことに悩んでいる冨岡さんが、クラスメイトの真中さんから、コスプレ用の胸を潰すナベシャツを使ったらどうかって提案される。それで、アニメショップの奥にあるコスプレグッズ売り場に行くんだけど、そこで真中さんが「自分、女じゃないし」と、ポロッて言う。

「まだよくわかんないっていうか、決めていない? みたいな。女じゃないことは確実だけど。性別ないかも。みたいな」

それに対して、多様な性があることを理解している冨岡さんは、こう言う。

「あの、話してくれてありがとう」

自分を信頼して言ってくれたことだから感謝を伝える。これ、正しい対応。
なんだけどさ、ちょっと教科書どおりって感じ。
すると真中さんはこう返すんだ。

「え、なんでお礼?」

「あの、話してくれてありがとう」と「え、なんでお礼?」の行間にあるものはなんだろう?
いつの間にか芽生えた友情? ふたりの心の壁の残骸? どちらもちょっと違うと思うんだ。
私は、この行間に「いつか迎えたい理想的なフツーの世界」があると思うんだ。
「自分、女じゃないし」って、フツーに言えて、フツーに受け取られる世界。
作者は「その世界よ、早く来い!」って思っているんじゃないかな。
その思いに、キュ────って胸が痛くなった。

“あなた”の「シシュンキ」は、誰もが通ってきた「シシュンキ」だけど“あなた”の前の世代が通ってきた「シシュンキ」とは異なる。
『あるいは誰かのユーウツ』って本は、そのことをちゃんと意識した、誠実な一冊だ。
この本を読んだ“あなた”が、リアルなクラスメイトたちを、問題解決のために一緒に闘う同志なんだって思えたら、それはとても大きな一歩だと思うな。

レビュアー

嶋津善之 イメージ
嶋津善之

関西出身、映画・漫画・小説から投資・不動産・テック系まで、なんでも対応するライター兼、編集者。座右の銘は「終わらない仕事はない」。

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