ありとあらゆる角度から「うなぎ」を味わう
かつてこんなにひとつの食材のことを考えたことがあっただろうか。『読めばもっとおいしくなる うなぎ大全』は、180ページ超の大ボリュームであり、読めば読むほどクラクラし、おなかが空いてくる。最高だ。
著者の高城久氏は、人生をうなぎに捧げるうなぎ大好き人間だ。子どものころからうなぎを愛し、うなぎに元気をもらい、飲食店口コミサイト登場前の2004年から「うなぎ大好きドットコム」なるうなぎ屋さん応援サイトを運営し、当然ありとあらゆるうなぎ屋さんを歴訪。ついにお友だちからは「高城さん」ではなく「うなぎさん」と呼ばれるように。たぶん、うなぎの神に選ばれた人なのだろう。なにせ転居先すべてが偶然うなぎの名産地ばかりだというのだから。
そんな“うなぎさん”が執筆した『うなぎ大全』だ。数十年にわたる「うなぎ愛」がほとばしっている。たとえばこんなエピソードに私はグッとくる。
時は昭和30年代。天然うなぎの漁獲量が減少し始め、次第に養殖うなぎが流通するようになったころ、幼いうなぎさんと、うなぎのおつきあいは既に始まっていた。
ちょうどそのころ、東京湾に流入する江戸川、荒川流域で天然うなぎを扱う川魚問屋が、うなぎ専門店へ業態転換を始めます。私が半世紀以上通い続ける川魚根本(埼玉県三郷市)もその一つです。私の母方の菩提寺の近くにあり、墓参りの後は「根本」でお昼を食べるのがお決まりでした。
うなぎの歴史と家族の歴史、そして食文化のハーモニーにうっとり。実は私にも「お決まり」がある。代々木上原にある美容室でヘアカットをした後は、必ず近くのうなぎ屋さんに行く。そのエリアにはカフェやおいしいお店がたくさんあるが、うなぎがお昼の座を譲ることはない。うなぎとはそういう魔力を秘めた食べものであることを、この本を読んで確信した。
うなぎの名店、うなぎの歴史、うな重のヒミツ、うなぎ職人のインタビュー、うなぎの最新事情、おいしいうなぎを育てる名産地、そして自宅でうなぎをおいしく食べる方法……。大全の名に偽りなし、ずーっと、うなぎだ。
うな重の松・竹・梅の「正しい選び方」
本書はどこを読んでもうなぎであるので、目次を眺めて「よし、今日はこのうなぎにしよう」と決めてページを開くもよし、1ページ目から味わい尽くすもよし。
ある日の私の目を捉えたのは「うな重の松・竹・梅の違い」だ。「どれを頼もうかと迷ったことはありませんか」とうなぎさんは語りかける。ハイ、毎回悩みます。うなぎさんは、こんなアドバイスをくれる。
どれだけうなぎを食べたいか、で決めてください。何故ならば、ほとんどのうなぎ屋ではうな重の値段の違いは蒲焼の量の違いだからです。(中略)もし、想像以上に量が多かった場合は、余った分はお持ち帰りにできるか相談しましょう。お持ち帰りにしたうな重は、うなぎのエキスやたれがご飯にしみて、できたてとは違う味わいが楽しめます。
シンプルかつ隙のない、うなぎ愛にあふれた回答だ。
そして「土用の丑の日といえばうなぎ」の項は、とある句から始まる。
寒梅の かをりはひくし 鰻めし
こちらは俳人、正岡子規によるもの。シズル感がある。うなぎさんの解説はこちら。
寒い時期にうなぎを思い出すとは、大のうなぎ好きとして知られる正岡子規らしい句です。この句は季語が2つ入った季重なりです。晩冬の季語「寒梅」と、そう、もうひとつは夏の季語「鰻」です。
正岡子規のうなぎ大好き伝説は本書の別のページでも紹介されている(むちゃくちゃな話で笑ってしまった)。この子規の句を皮切りに、うなぎさんは「土用の丑の日」の成り立ちを語る。「冬に人気だったうなぎを、夏にも食べてもらうために平賀源内が考えたプロモーション施策」という従来の説を紹介しつつも、慎重に土用の丑の日論を展開し、こう締めくくる。
養殖うなぎがほとんどとなった現在は、夏のうなぎは身がやわらかくあっさり、秋冬のうなぎは皮が締まってうま味が増して脂ののりがよくなります。つまり年間を通して季節ごとにそれぞれのおいしさが味わえる、というのが令和のうなぎ事情なのです。
うなぎは365日おいしい。いつだって100点。子規も「そうだそうだ!」と同意するにちがいない。
スーパーのうなぎを飛びきりおいしくする方法
さて、こんな愉快なうなぎ本を読んでしまったら、当然うなぎが食べたくなる。代々木上原の美容室の予約なんて待っていられない。今すぐ食べたい! こうして辛抱たまらずスーパーに駆け込み、うなぎのかば焼きを1パック買うことに。
そんな私を見越してか、本書には「お取り寄せ、スーパー、コンビニうなぎ」という章もある。しかも「スーパーで買ったうなぎはちょっとしたひと手間で格段においしくできます」と、うなぎさん直伝の食べ方も教えてくれるのだ!
アルミホイルとオーブントースターがあれば実践できる。意外な手順だったが、うなぎさんが言うのだから間違いないだろう。さっそくやってみた。
たれの香ばしさと、身のふっくら加減がすばらしかった。なお、横に添えたお吸い物はうなぎ売り場に並んでいたインスタントのお吸い物。あるのとないのとじゃ、大違い!
ところで私がこの日いただいたうなぎは鹿児島産だった。そして本書にはちゃんと「産地解剖 其の四 うなぎ生産量日本一の県 鹿児島県」という項がある! 死角なし!
日本の名水にも選ばれるミネラル豊富な霧島山系の地下水を使い、どこの養鰻場も、1日に何度も水質検査を行って、徹底した水質管理をしています。私がかつて会った養鰻家の中には、「うなぎのおいしさは育つ環境によって大きく左右されるので、うなぎを育てているというよりは、水を育てている感覚に近いです」という方もいるほどです。
こんなすてきな解説を読んじゃったら、ますますおいしくなってしまうじゃないか。
クラシカルな名店からカジュアルなコンビニのうなぎまで、うなぎさんのうなぎ愛が注がれている一冊だ。ちょうど7月は「土用の丑の日」でうなぎが脚光を浴びる季節。本書と共に夏を乗り切ってほしい。そうそう、この本をきっかけにうなぎをテーマにした自由研究にチャレンジするのも楽しいはずだ。歴史、テクノロジー、生物科学、文学、どの角度からのぞいても、プリッとしたうなぎが躍っている。何よりおいしいし、元気になる。
レビュアー
ライター・コラムニスト。主にゲーム、マンガ、書籍、映画、ガジェットに関する記事をよく書く。講談社「今日のおすすめ」、日経BP「日経トレンディネット」「日経クロステック(xTECH)」などで執筆。
X(旧twitter):@LidoHanamori