鍼灸との出会いは、20年ほど前の腰痛がきっかけだった。その後、婦人科系の疾患や眠れないほどのひどい咳に罹った時には、漢方薬が味方になってくれた。以来、何かと東洋医学を頼りにしてきたが、一方で「鍼を打つとなんで楽になるんだっけ?」「植物の根や皮がどうして効くの?」──そんな疑問を抱いたままご利益にあずかってきたのも、正直なところだ。
実際、医療の現場や研究の場においても、東洋医学が作用するメカニズムについては、長い間未知の部分が多かったそうだ。その流れが劇的に変化したのは、まだ最近のことだという。
しかし近年、鍼灸や漢方薬など、東洋医学を取り巻く状況は大きく様変わりしてきています。と言うのも、原典に書かれた理論とは異なるアプローチで東洋医学をとらえる・研究するという手法が注目を集め、そのメカニズムの解明が進んでいるのです。この背景には急速に進む科学の発展があり、脳や遺伝子、免疫など、人体の複雑で精緻な仕組みが詳しくわかってきたことが原動力となっています。
それゆえ、「『よくわからないけど効く』といった認識は既に過去のものとなっている」そうで、こちらとしては「いつの間に!」という思いが湧く。身体のメンテナンスに欠かせなくなった東洋医学について、せっかくなら今わかっていることを、より詳しく知ってみたい。本書のページを勢いよくめくった。
全5章から成る本書では、これまで知られてきた東洋医学の力と、最新の研究により判明した仕組みや新たな一面が、テーマごとにまとめられている。序章では世界三大伝統医学の成り立ちから、現在の日本における東洋医学の位置づけを説明する。その上で第1章と第2章では「鍼灸」を、第3章では漢方薬を取り上げ、西洋医学の視点からとらえた鍼灸や、医薬品としての漢方薬について、具体例を元に明らかにしていく。
なお本書の冒頭には、「本書の第1章~第3章、第5章は、NHKの番組取材成果をもとに執筆されました」という断り書きがある。というのも二人の著者のうち山本高穂(やまもとたかお)氏は、NHKメディア総局第2制作センターのチーフ・ディレクターを担い、これまでに特集番組シリーズ「東洋医学ホントのチカラ」やNHKスペシャルを手がけてきた。NHK入局以来、自然科学や健康・医療分野の番組を中心に制作してきたそうだ。
5300年前の冷凍ミイラとツボの関係
そんな彼の番組取材中の話として、東洋医学の起源や歴史を覆す可能性のある発見が紹介されていた。それはアルプスのふもとに位置するイタリア北部の街・ボルツァーノの博物館に保管された、世界最古の冷凍ミイラ「アイスマン」だ。1991年に標高3200メートルの氷河で氷漬けになっているところを発見され、その後の調査で「5300年前に生きた50歳前後の男性」と判明した。男の体の各所には、5センチメートルほどの×印や複数の線が入れ墨として刻まれていたが、その理由は謎に包まれていた。
調査にあたった古病理学者のアルベルト・ツィンク博士によると、当初、研究チームでは、「部族の証」や「成人の証」など、さまざまな推測がなされましたが、決定的な結論には至らなかったと言います。こうしたなか、研究チームの東洋医学に詳しいメンバーから出たのが、「入れ墨とツボの位置に類似点があるのでは?」という驚きの仮説でした。
そこで、見つかった61ヵ所の入れ墨の位置と、ツボの位置を照らし合わせてみると、ほぼすべての入れ墨がツボの位置とおおよそ一致していたのです。
その後、X線写真やMRIなどを使ってアイスマンの健康データを分析したところ、彼もまた腰痛や胃痛を患い、その改善に効果的なツボの位置に、それぞれ入れ墨があることがわかった。むろんまだ状況証拠に過ぎないものの、それ以外の理由は思いつかないほどの合致に見える。まるで5000年以上前の人間と現代の私たちの悩みがつながったようにも思えて、思わずミイラの肩をたたいてなぐさめたくなった。
そうしたNHKらしい取材を通して最先端の研究成果を届けてくれる山本氏の相棒は、ヘルスリテラシー研究の第一人者である大野智(おおのさとし)氏だ。山本氏が東洋医学の取材を始めたころからの付き合いで、「番組への出演も依頼した」人物だという。現在は島根大学医学部附属病院 臨床研究センター長・教授を務めるかたわら、同病院の副病院長も兼務し、多忙な日々の中、東洋医学を含む統合医療・補完代替療法をテーマとする講演も広く行っている。
最前線にいる取材者と研究者がタッグを組んで世に送り出した本書には、東洋医学のありかたと現在の最新研究、そして未来の可能性が存分に示されている。充実した内容ながら、東洋医学の「今」がコンパクトにまとめられてもいる本書。入門書として手に取りやすく、知識の復習にも向いている。東洋医学に縁のある方にも、これから試してみたいという方にもおすすめしたい一冊だ。
レビュアー
元書店員。在職中より、マンガ大賞の設立・運営を行ってきた。現在は女性漫画家(クリエイター)のマネジメント会社である、(株)スピカワークスの広報として働いている。