ぶつ切りの条件をくっつけた家にしないために
子供のご縁で、仲良くしているご家族がいる。春になると、その一家にお呼ばれして庭の桜を見ながらご飯をいただいたりする。その家は注文住宅の平屋建て(でも中二階のスペースがあり、ハンモックで昼寝ができる)で、引き戸の玄関、一段下がったキッチン、秘密の小部屋付き子供部屋など、そのご家族のこだわりが詰まっている。その家の設計図を見せてもらったのだけれど、最初の案から加えたり削られたりする設計士のアイデアと、家族の要望、予算の都合で変化する図面がとても面白かった。
翻(ひるがえ)って我が家は、借家である。もう築何十年モノなので、広さの割には手頃感のある家賃なのだが、寒い、暑い、使い勝手が悪い、雑草が生える……と不満は多い。これまでマンション、アパートなど何軒も移り住んできたが、基本はそのハコに自分の生活を合わせるスタイル。不満はあって当然。特に寒い、暑いに関しては「クーラーの温度設定で乗り切る」の一択。テレビに吹き抜けの広くて明るい家が登場すると「吹き抜けは、電気代かかってしょうがないし、効率悪いぞ」とつぶやいては、家族から嫌な顔をされる。「酸っぱいブドウ」の逸話の狐とは、私のことだ。
家のあたたかさは気密性と断熱性とで決まります。(中略)
現在の住宅はこれらの性能が非常に高く、冬でたとえるなら、家全体がダウンジャケットを着ているようなものです。そのため、わざわざ廊下をつくって各部屋を仕切り、室温をコントロールする必要がないのです。家じゅうのどのスペースも常に快適な室温に保たれています。
ブドウはやっぱり甘いのだ。
本書は、これから家を建てようとする人が抱く「理想の家の常識」を突き崩し、そこに住む人の生活にシンデレラフィットする家を建てるためのノウハウを提示してくれる。著者は気鋭の建築家の内山里江氏。タイトルからして「家は南向きじゃなくていい」と挑戦的だが、それだけじゃない。本の帯に挙げられている「間違った常識」だけでも、これだけある。
×土地は正方形がいい
×窓は大きいほうがいい
×天井は高いほどいい
×収納は多いほどいい
×お風呂は広いほうがいい
×子ども部屋は2つ必要
×和室はあったほうがいい
「この問題を解決したいから、家を建てるんじゃないの?」と思う条件ばかりだが、ちょっと踏みとどまって考えてほしい。
その条件の出発点はどこ?
今住んでいる家と比較しての条件じゃない?
「実家がそうだったから」という条件じゃないの?
あなたは、不満のある今の家や、実家の延長線にある家に住みたいの?
ハウスメーカーに上記のような注文を出せば、叶うだろうけれど、それが本当に住みたい家なのか? 結局、そんな条件を「ぶつ切り」にしてくっつけた家は「こんなはずじゃなかった」という後悔を生むことになる。まずは本書を読んで間違った常識を突き崩し、「住みたい家とは?」という命題に、施主は向き合う必要がある。そして建築士は、その命題を叶えるためのパートナーなのだ。
遊べる家は楽しい家
著者は「意味のない、無駄な空間を作らない」ことを設計哲学としながら、作りたいのは「心踊るような遊びのある家、実際に遊べる家」だと言う。それは相反するように聞こえるが……。
家は唯一無二の、住まう人にとっての価値ある空間であるべきだと私は考えています。そのために必要なのはオリジナリティであり、遊び心です。住む人の価値観に沿った遊び心を随所に取り入れ、実際、家にいながら遊べるような空間であれば、「早く家に帰りたい」「遊ぶなら我が家が一番楽しい」と感じられる、素晴らしい家になるとは思いませんか。
すべてのスペースを広くするほど、土地もお金も余裕があるわけじゃない。ならば、そこに住む人が何を大事にして、何に価値を感じ、どんな時間を過ごしたいのか、どんな暮らしをしたいのか、が肝要なのだ。面積とお金をどう使うか、メリハリをつけた方がいいと作者は説く。特にLDKのリビング、ダイニング、キッチンを別個のものと考えず、自由に組み合わせるという提案は魅力的だ。お酒を楽しむならゆったりしたソファダイニング。よく人を招くならキッチンダイニングと、生活の質を上げる方法は多い。さらに土地が狭いからといってテラスは夢の話ではないし、ジェットバスやサウナ、趣味を楽しむガレージやゲーム部屋も、まずは建築士に相談してみるべし。だって相手は、その道のプロなのだから。本書は家を建てようとする人へのアドバイスであると同時に、建築士からの「もっと心を開いてください」というラブレターなのだ。
最初に話したご家族は、その土地にあった立派な桜の木を楽しめる家を考えた。夫人がキッチンで料理をしているとき、ご飯を食べているとき、子供が勉強しているときに、視線を上げればそこに桜の木が見える。設計士が描いた視線の動線が、どれほど生活に潤いを与えていることだろう。家は高い買い物ではある。しかし、それ以上の価値を加えられるかどうかは、家族が人生の何に重きを置いているかを掘り下げられるかにかかっている。
さて、そのご家族は今、庭にピザ釜を自作する計画を進めている。
今から、お招きに預かるのが楽しみでしょうがない。
レビュアー
関西出身、映画・漫画・小説から投資・不動産・テック系まで、なんでも対応するライター兼、編集者。座右の銘は「終わらない仕事はない」。