数学を楽しみ、道筋をたどる力
私が学生時代に学んだ数学は「解を求めるもの」だった。普段の成績の良しあしも、受験の結果も、早く正確に答えを出す能力次第と思っていた。しかし、大人になった今、「数学センス」という言葉を時折耳にする。
もし、素早く計算できる計算力や、公式や定理を暗記して使いこなす力があれば、数学の問題を解くスピードは上がるだろう。それが「数学センス」なのだろうか?
『中学数学で磨く数学センス 数と図形に強くなる新しい勉強法』著者の花木良さんによれば、そもそも数学は「与えられた問いを解く学問」ではなく、数や図形といった「数学の対象」の成り立ちや、背後にある法則や定理を知り、理解を深めて新たな現象を見いだしていくことだという。
あえて喩(たと)えるなら、サッカーをうまくプレーできる能力が「数学センス」で、ボールを落とさずに蹴り続けるリフティングが「計算力」に相当するでしょうか。
つまり 数学的なセンスとは、数学を楽しみ、問いを掘り下げ、「数」や「図形」の世界についてより深く理解するための道筋を自らたどることができる能力です。(略)そのような能力を「数学する力」とよんでおきましょう。
数学センスを身につけるために必要なものは、すべて中学数学にあるという。
この本は、中学数学の知識をフル活用し、「数学センス」を磨いていく。誰もが知る「九九表」や「素数」をさらに深く掘り下げたり、三平方の定理や正多面体を用いて「数を図形で」「図形を数で」捉えるなど、学校では習わない視点の勉強法を教えてくれる。
「昔学校で習ったアレ」を別の角度から眺めることで、思いもよらない何かが浮かび上がる楽しさは、今まさに中学数学を学んでいる学生だけではなく、大人の心も沸き立たせてくれる。
見えなかったものが見える
数学センスを磨く大きなカギは、本書に繰り返し出てくる「なぜだろうか」「〇〇ならどうだろうか」という問いだ。たとえば「三平方の定理」を「直角三角形の斜辺の2乗は他の2辺の2乗の和に等しい」だけの理解にとどめておくことを、花木さんは「もったいない」という。
中学校では直角三角形の2辺の長さから斜辺の長さを求めたり、直角部分から辺Cに垂線を書くなどしてこの定理を証明した記憶がある。テストの点を取るなら、それだけで十分だった。
本書ではさらに「三平方の定理」を満たす自然数はどのようなものがあるのか、2乗を3乗に、あるいは4乗にしても同じように式を成立させることができるのかといった問いを、図や表を用いて深めていく 。
この定理が成り立つとき、斜辺の長さを1として、斜辺の頂点のひとつが重なるように並べると円が見えてくるのだが、
この図を見ると「サインコサインタンジェント……三角関数!」と記憶がよみがえった。
昔は「つまらない」と感じていた中学数学も、大人になった今インプットしている知識とつながるとがぜん興味がわいてくる。ばらばらだった知識がつながり、星が星座に見えるように「見えていなかったつながり」が見えるようになる瞬間を味わえるのは、誰もが学ぶ「中学数学」を題材 にした本書ならではだと感じた。
「では、これとこれも関係があるのでは?」「手を動かして図を描いてみれば、もっと違うものが見えるのでは?」と、好奇心を刺激される読書はとても楽しい。
ぜひ、本書を片手に分数の少数表示を図に示してみたり、
多面体がお菓子や飲み物のパッケージに採用されている理由などを、手を動かして一緒に考えてみてほしい。
ある人が「センスとは、その人が時間と労力をそそいで 向き合ってきたものがそのまま表れる」と言った。中学数学とは「高校に受かるためのもの」で、力をそそぐ対象ではなかったという人も多いだろう。しかし本書では、数学に向き合い「なぜ?」「より良い方法があるかもしれない」と掘り下げ続けてきた人の考え方、つまりセンスに触れることができる。数学の勉強が楽しくなるきっかけになるのはもちろん、この「考え方」をどう役立てるかに思いを巡らせることも、大人にとって有益なことだと思う。
レビュアー
ガジェットと犬と編み物が好きなライター。読書は旅だと思ってます。
X(旧twitter):@752019