昨夏、『木挽町のあだ討ち』で第169回直木三十五賞を受賞された永井紗耶子さん。その受賞後第一作は、幕政の束縛に抗(あらが)った文化人の生涯を描いた力作だ。
主人公は栗杖亭鬼卵(りつじょうていきらん)。江戸時代後期に江戸と上方を結ぶ、文化の懸け橋となって活躍した人物だ。歌も絵も戯作もこなした万能の文化人でもあった。「尼子(あまご) 十勇士」を世に知らしめたことで有名。そんな鬼卵が営む東海道の煙草屋に、「寛政の改革」で知られる元老中・松平定信が訪れたところから物語が始まる(実際に定信が足を運んだとされる記録が残っている)。
定信に請われて自分の半生を語りだす鬼卵。若いころに命懸けで「狭山騒動」に関わったことや、上田秋成、円山応挙、曲亭馬琴らとの交わりなどに話が及ぶ。その途中ところどころに差し挟まれる、風刺の効いた鬼卵の台詞や、珍妙な二人の対話が物語を際立たせる。法令によって民を縛り付けようとしていた定信の心が、自由を尊ぶ文化人・鬼卵によって動かされ、生き方をも変えられる……。
産経新聞連載を経て単行本化された本作、茶屋にでも立ち寄るような気軽さで、ぜひお楽しみください。
──文芸第二単行本編集チーム 永露竜二
レビュアー
文芸第二単行本編集チーム