今日のおすすめ

すべての古生物ファンに贈る! 超肉食恐竜「ティラノサウルス」のすべて。

ティラノサウルス解体新書
(著:小林 快次)
2023.05.12
  • facebook
  • X(旧Twitter)
  • 自分メモ
自分メモ
気になった本やコミックの情報を自分に送れます

あるラジオの電話相談で、著者は小学生からこんな質問を受けたという。

「なぜ恐竜図鑑の表紙は、いつもティラノサウルスばかりなのですか?」

「確かに」と、つい頷いてしまった。かつて私が書店員だった時も、児童書コーナーで見かける図鑑や関連書の表紙は、その多くがティラノサウルスだった。むしろ、ティラノサウルスではない表紙の本を探す方が難しかったかもしれない。著者によれば現在、世界では1000種類以上の恐竜が確認されているという。ではなぜ、その内のたった1種のみが注目されるのか。著者の回答は明快だった。

私は思わず返答に窮してしまいましたが、じつは、答えはとても簡単。ティラノサウルスを表紙にしたほうが、図鑑はよく売れるのです。
(中略)
やはり、大きくて強いイメージがあるティラノサウルスは、子どもたちにとって恐竜のシンボル的存在なのでしょう。

これもまた、確かに! おそらく子どもだけでなく、大人にとってもそうだろう。事実、恐竜にそれほど興味がない私ですら、「知っている恐竜は?」と問われたらティラノサウルスを思い出すし、姿形もパッと目に浮かぶ。それほど知られた存在のティラノサウルスだが、実はまだ解き明かされていない謎が多くあるという。はたしてその謎は、これまでどのように解明されてきたのか。

ちなみに、私たちのイメージにあるティラノサウルスは、正式には「ティラノサウルス・レックス」と呼ばれる種だそうだ。本書において著者は、ティラノサウルス・レックスを含めたティラノサウルス18種を「ティラノ軍団」(正式名称は「ティラノサウルス上科」)と呼び、3段階別に仕分けしている。

2部で構成された本書の内、第1部では、2010年に発表された論文に登場する「ティラノ軍団」について、それらが生きた時代や場所、進化の過程や新たな発見が詳細につづられている。そして第2部では9章にわたり、ティラノサウルスの身体能力や寿命にくわえ、その「ファッション事情」や「エンゲル係数(食べ物)」といった一風変わった観点からも、彼らの生態を明らかにしていく。

意外だったのは、「中生代」と呼ばれる恐竜たちの生きていた時代で考えた時、ティラノ軍団の登場はだいぶ終わりの方だったこと。「中生代」は「三畳紀」「ジュラ紀」「白亜紀」から成るが、著者はこの3つの区分を、今の私たちが使う1年のカレンダーに例えて整理する。それはこんな区分だった。

三畳紀……1月1日から4月10日(元日から桜の季節)
ジュラ紀……4月10日から7月29日(桜の季節から海水浴の季節)
白亜紀……7月29日から12月31日(海水浴の季節から大みそか)

ティラノ軍団がアジアやヨーロッパで最初に登場したのはジュラ紀中期で、カレンダーで言えば日本の梅雨時に当たるそうだ。その後彼らは続々と登場するものの、本命たるティラノサウルス・レックスが現れたのは白亜紀の終わりで、なんと12月28日。つまり暦の上では、誕生からたった3日で姿を消してしまったことになる。そう考えると、史上最大の強者が何ともはかない存在に見えてくる。

さて日本において、ティラノサウルス・レックスは今のところ見つかっていない。ティラノサウルス類、著者いわくの「ティラノ軍団」については、歯や骨の化石が続々と発見されているものの、それをもって「棲んでいた」という断定には至らないそうだ。

日本からティラノサウルス類の化石が最初に見つかったのは、1986年で、場所は福島県です。その後、1996年以降、日本全国の白亜紀の地層から、ティラノサウルス類らしい化石が発見されてきたのです。ティラノサウルス類の全身骨格が発見されれば、確認は簡単なのですが、日本から発見されるティラノサウルス類らしい化石は、すべて断片的なものなので、確認するのは困難なことです。そのため、これまで日本のティラノサウルス類の化石をもとに名前をつけることもできていません。

著者は1971年生まれで、1995年にアメリカ・ワイオミング大学地質学地球物理学科を卒業後、2004年には同国のサザンメソジスト大学地球科学科で博士号を取得した。その後は世界各地で発掘調査に従事し、恐竜の生態や進化について研究する中、北海道むかわ町で発見された「カムイサウルス・ジャポニクス」や兵庫県洲本市で発見された「ヤマトサウルス・イザナギイ」といったハドロサウルス科の恐竜たちの鑑定や命名も行ってきた。現在は北海道大学総合博物館教授と同館副館長を務めている。

本書は専門的な内容ながら、著者のやわらかな語り口と恐竜への愛あふれる視点ゆえに、読みやすい1冊となっている。最新の研究と事実に基づく解説は、ティラノサウルス好きや専門家の方にはもちろん、「恐竜とはなんぞや」という方にもきっと響くはず。読み終わった後には、ティラノサウルスがより身近に、存在感を増して感じられるだろう。

  • 電子あり
『ティラノサウルス解体新書』書影
著:小林 快次

ティラノサウルスと小林快次博士という訴求力満点の最強タッグが贈る、知的好奇心にこたえる1冊!
これまで二十数種が見つかっているティラノサウルスの仲間。しかし、その全貌は複雑で、全体を解説している本や図鑑はありませんでした。
本書は、これまでに発見されたティラノサウルス類のすべてを体系的に解説。ティラノサウルスは最も研究されている恐竜ではありますが、まだまだわからないことが多いのが実際のところです。たとえば「ティラノサウルスには羽毛は生えていたのか?」という一般的な問いにさえ、まだ確定した問いはないのです。
一方で、ティラノサウルスの仲間は、北極に近いアラスカや日本にも生息していたことが分かっています。新たな発見があるたびに新しいことがわかり、そしてまた新たな謎が出てくるのがティラノサウルス研究なのです。
本書では、第一部「ティラノ軍団の現在」で、ティラノサウルス類全種についての最新研究を紹介。第二部では、ティラノサウルスの特徴や生態について解説していきます。ティラノサウルスという一つのグループを扱ったものとしては、圧倒的な情報量を誇る本書では、ティラノサウルスだけでなく、恐竜研究の最新の歩みをつぶさに辿ることができます。

レビュアー

田中香織 イメージ
田中香織

元書店員。在職中より、マンガ大賞の設立・運営を行ってきた。現在は女性漫画家(クリエイター)のマネジメント会社である、(株)スピカワークスの広報として働いている。

  • facebook
  • X(旧Twitter)
  • 自分メモ
自分メモ
気になった本やコミックの情報を自分に送れます