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「焦げ臭くして味ふるにたえん」から「生命を伸ばす良薬」まで!? わが国の珈琲遍歴

日本の珈琲
(著:奥山 儀八郎 解説:旦部 幸博)
2022.10.04
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コーヒーの味を深める1冊

コーヒーを飲まない日はない。私は昔ながらの喫茶店で飲むのが好きだが、スタバやブルーボトルコーヒー、コンビニのコーヒーもまた違う良さがある。温かくても冷たくても、砂糖やミルクがあってもなくてもいい。チョコレートやキャラメルシロップのほか、あんこが入ったものも飲んだことがある。世界中で広く愛されるだけあって、どんなスタイルの飲みかたも「アリ」なのがいい。

『日本の珈琲』は、膨大な資料を基に、珈琲が日本に伝わり、広がっていった歴史を12の章で明らかにする。著者は、ニッカウヰスキーのポスター、ウイスキーラベルのデザインなどの作品で知られる「広告版画のパイオニア」・奥山儀八郎氏。本書は、スポンサーである木村コーヒー(現在のキーコーヒー)店主・柴田文次氏の依頼により生まれた日本の珈琲史をまとめた1冊だ。
なお、本書は1957年に1200部限定で四季社から刊行され、1973年に旭屋出版より再刊された『珈琲遍歴』を改題・文庫化したもの。長らく入手困難だった「幻の名著」の待望の復刊となる。

コーヒーはどこで発見され、どのように日本まで伝播してきたのだろう。奥山氏が作成した「珈琲伝播の年代表」によると、このような流れになるという。


今でこそ、珈琲と言えば「飲むもの」だが、当初は、色鮮やかなその実を砕いて油で練り固めたものを食べたり、果肉を発酵させて酒を醸造していたという。口にすると「心身興奮して爽快感を覚えた」などと言われるコーヒーの実を、焙煎(ばいせん)して湯を注ぎ、飲み物にしたのは回教徒たちだった。

回教徒の珈琲は果実または核を火に焙り、または錫でいり、木製の箆(へら)でこがさぬように褐色になるまでいり、それを乳棒で砕いて熱湯をそそぎ、その粉末まで全部飲む。

各地に続々と珈琲店がオープンし、僧侶も市民も回教のミサよりも珈琲に夢中になった。知事が市民の珈琲飲用を禁止する法律を作った結果、失脚に追い込まれたこともあれば、

珈琲はすっかり家庭飲料となり、妻に珈琲を十分に与えないことが離婚の理由となり、結婚に先立って夫は妻に珈琲を不自由させないことを誓言しなければならなかった。

といったエピソードもある。珈琲が各地に伝わるにつれ、人々と珈琲が切っても切れない間柄になっていく経緯が面白い。一方、日本には17世紀末~18世紀初頭ごろに上陸した珈琲の味は、次のように記されている。

文化年間の大田蜀山人が次のように記したという。「紅毛船にてこうひいというものをのんだ。焦げ臭くして味ふるに堪えんものだ。」

日本における珈琲は、海外での熱狂ぶりに比べると、初めから好意的に受け入れられていたわけではなかったようだ。本書では、そんな珈琲がどのように日本に浸透し、人々を魅了していったのかが、食生活や文化など、様々な要素を交えて語られる。切り口は「珈琲」だが、それだけでなく、人々の生活の歴史そのものを見ているようで、想像が膨らみ、とても楽しい。

コーヒーが「珈琲」になるまで

奥山儀八郎氏は著名な木版画家だ。表紙の版画も奥山氏の手によるもので、温かみがあり、どこか可愛らしいタッチで、今見てもおしゃれな作風だ。奥山氏のことを知らないという人も、喫茶店にこの版画が飾られているのを見たことはないだろうか。

コーヒーの多様な呼び方を表した木版画「かうひい異名熟字一覧」である。かつて「唐茶」と呼ばれたコーヒーが、さまざまな呼び名、当て字をへて「珈琲」になったことが見て取れる。

コーヒーに当てた異名熟字は発見次第に集録して、昭和十七年、番外共四十三字を以って熟字一覧初版を出した。同三十一年増補して、五十七字となり、三十九年第三版とし六十三字となった。

「かうひい」「かうへい」「可否」「加菲」といった字があてられていたオランダ語の「koffie」に、今日の私たちが知る「珈琲」という字をあてたのは江戸時代の蘭学者・宇田川榕庵だという。コーヒーの実がなる様子を、花かんざしを意味する「珈」と、かんざしの玉をつなぐ緒(ひも)を意味する「琲」で表現したと聞くと、見慣れた2文字もどこか風流なものに見える。奥山氏の版画にも、このような記載がある。

しかし、先ほどの「かうひい異名熟字一覧」を見ると、「24 珈琲」の欄には

宇田川榕庵自筆の蘭和対訳辞書に上記の描き込みあり 現代の[珈琲]は榕庵の作字ならん 

と、注釈があり、本書にも

この文字の作者は心あってこの熟字を当てたのか、それは判らない。しかしこの人は学者というよりむしろ、詩人で画家の魂をもった人だと思う。

とも書かれている。どこかのタイミングで奥山氏が王偏の「珈琲」の字は榕庵の作字ではなく「字をあてた」ことを確認し、「かうひい異名熟字一覧」を改訂したのだろう、と想像がふくらむ。

今まで、喫茶店で「かうひい異名熟字一覧」を見かけても「コーヒーにもいろんな呼び方があるな」と思うだけだった。しかし本書を読むと、第三版まで版を重ねた「かうひい異名熟字一覧」が、奥山氏の珈琲に対する知識のアップデートの記録そのものと思えて興味がわく。私はいま、古い「かうひい異名熟字一覧」を詳しく見ることはできないかと、せっせと検索している。

また、本書のQRコードから「日本珈琲文献小成」をダウンロードすることができる。コーヒーに関する日本の文献の原典を集めたものだ。エッセイ風に書かれた本書と合わせると、コーヒーの歴史をより深く知ることができる。あわせて楽しみたい。

※「日本珈琲文献小成」はこちらのページからダウンロードできます⇒『日本の珈琲

  • 電子あり
『日本の珈琲』書影
著:奥山 儀八郎 解説:旦部 幸博

珈琲は、いつ、どのようにして日本に伝わり、広まったのか。世界の珈琲発見伝説・珈琲の異名熟字一覧・日本初の珈琲店の話から、江戸時代の長崎での交流、海外渡航者、はたまた海外漂流者の体験まで――膨大な史料を渉猟し、驚きに満ちた珈琲の歴史を明らかにする。生活文化史の古典である幻の名著、待望の復刊!(序・古波蔵保好/解説・旦部幸博)

[本書の内容]
序によせて 古波蔵保好
一、珈琲の始まり
二、世界の珈琲
三、日本の珈琲の始まり
四、珈琲研究に手掛かりを与えた人々
五、日本の珈琲文献
六、珈琲異名熟字ほか
七、日本への渡航者と珈琲
八、海外漂流者の珈琲記事
九、海外渡航者の珈琲記事
十、新日本と珈琲
十一、その後の日本の珈琲
十二、珈琲の栽培
あとがき
解説 旦部幸博

レビュアー

中野亜希

ガジェットと犬と編み物が好きなライター。読書は旅だと思ってます。
twitter:@752019

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