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行進に心躍らせ、太鼓の響きに陶酔する──生物に潜む「リズムの謎」を探る。

リズムの生物学
(著:柳澤 桂子)
2022.03.31
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リズムに乗って生命の神秘を旅しよう

リズミカルなものにむしょうに惹(ひ)かれる。四つ打ちのバスドラムを聴くと自然に頭が揺れるし、混んだ電車の中で「無」になりたいときは、イヤホンから流れる音楽の、ベースだけを聴き分けることに集中する。繰り返すリズムは心地よい。特に音楽好きな人でなくとも、いらいらした時の貧乏ゆすりや、赤ちゃんを寝かしつけるときの「背中トントン」など、無意識にしてしまうリズミカルな動きには覚えがあるはず。誰に教えられたわけでもないのに、みんながそうしているなんてなんだか不思議。

不思議だなあ、の気持ちのままに『リズムの生物学』を手に取ると、裏表紙にはこう書かれている。

地球上のあらゆる生物は、生まれおちた瞬間から、太陽の周期や月の満ち欠けなど、天体の動きに同調しながら35億年以上もの間、体内でリズムを奏でてきた。眠り、痛みと快楽の刺激、脳波、心臓……。小さな細胞が分裂を繰り返す構図(メカニズム)とは? “繰り返し”が脳に与える効用とは? 

「リズムがあるって落ちつく、なんでかなあ」。小さな問いに思いのほか壮大な答えが返ってきそうでワクワクする。

天体の動きと生物

本書は天体の動きと生物の体内時計の解説から始まる。私たち人間は、昼間活動して夜眠る。こうもりやフクロウのように夜行性の動物もいるが、時計を持たない生物も、教えられたわけでもないのにおよそ24時間の周期で活動と休息を繰り返す。光の条件を一定にしても、しばらくはその周期性が保たれるが、いずれは24時間から次第にずれて、その生物特有の時間に落ち着くという。このような、1日の周期に近い生物の周期性を「サーカディアンリズム」と呼ぶ。人間の場合、その周期は25時間であるという。1日は24時間なので、日々1時間、体内時計がずれていくはずなのだが、そうならないのには理由がある。

これら一連の実験結果は、光刺激とは関係なく、その生物に固有のサーカディアンリズムを刻む時計が、各生物の体内にあることを示している。それにもかかわらず、これらの生物が、正常な日周期の中では二四時間のサーカディアンリズムを示すということは、それぞれの生物の体内時計は、外からの光に反応して、外部の日周期と同調できることを示している。

本書では、体内時計の存在を感じる例として「時差ぼけ」を挙げているが、今はコロナ禍。海外に出かけることも少ないけれど、「朝起きたらカーテンを開けて朝日を浴びると体内時計のズレをリセットできる」と聞いたことならあるのでは? それはつまり、こういうこと。

生物たちは、それぞれ自分の体内にサーカディアンリズムを刻む時計を持ちながら、天体の周期に同調して生きている。

本書は、この“サーカディアンリズム”をはじめ、生命現象の中に見られる様々な「リズム」や繰り返し構造について説明してくれる。読みはじめてすぐ、「渡り鳥と太陽」「海の生物の繁殖と潮の干満・月の周期」などの例から、生物が宇宙のリズムの懐(ふところ)で生きている神秘を実感できる。「地図も時計もコンパスも持たない渡り鳥のルート決定」「海の生物の繁殖タイミング設定の秘密」といった自然の不思議にも天体の動きが関係しているとわかり、思わず「へぇ」と声が出る。引き込まれる面白さだ。

繰り返しと心の安らぎ

多くの人がリズムと聞いてイメージするのは、この「サーカディアンリズム」や体内時計といった時間のリズムだろう。本書にはさらに「空間のリズム」という概念が登場する。

蛇口から一定の速度で水滴が落ちれば、そこに時間的リズムが生じる。空間的には、蛇口から流しの面までの間に、水滴の列が見られるであろう。そこには、水滴という構造が繰り返されることになる。(中略)空間に落下した水滴という繰り返し構造は、空間的リズムをつくっていると考えることはできないであろうか。

「空間にリズム」と考えるとピンとこないが、蛇口からの水滴の軌跡を「繰り返し」としてイメージしてみるとよい。

前章で述べた細胞分裂のリズムによって生じた細胞は、ちょうど水滴の場合とおなじように空間的な繰り返し構造をつくる。細胞という空間的リズムが生じるのである。

細胞が集まると組織ができ、器官となる。ヒトの器官は多少の個体差があってもほぼ同じ形をしている。そのような器官が集まって「ヒト」ができる。生物は繰り返し構造という「リズム」でできており、ヒトも動物も植物も、空間的リズムとして数えきれないほど地球上に繰り返されている、ということだろうか。
本書の中ではここまで、「神経による刺激の伝達」「細胞」について繰り返し触れられてきたのだが、ここで急にそれらの話がググっとまとまった形になったように感じた。この本は短い章で区切られていて、興味のある部分だけ拾い読みしても十分に面白い。でも、順に読んできたことで、「知識の点と点が線に、面になる」感覚を味わうことができた。ちょっと難しかったけど、あきらめずに読んできてよかった……!

そしてこの「繰り返し」の数たるや、気が遠くなるほどである。

人間は地球上に一○の九乗回繰り返され、一人の人間を構成している細胞は六×一○の一四乗回繰り返されている。

この膨大な「繰り返し」と「心の安らぎ」に関連があることも、本書はわかりやすく教えてくれる。数えきれないほど繰り返されてきた、ということは「確かだ」ということにつながる。細胞に突然変異が起こっても、それが種の保存に対して有害であれば、自然と淘汰されてしまう。私たちが安らぎを覚えるリズム=「繰り返し」には、心理的なものだけでなく、生命現象のかかわりがあるのでは?と思いをはせたくなる。「リズムがあると落ち着くのはなぜか?」その答えが見えるような気がした。

「おわりに」にある、この言葉が胸をときめかせる。

リズムというたった一つの言葉をめぐって生命現象を解いていくと、それは、ほとんどすべての生命現象について言及することになる。

この地球上で連綿と続く生命が刻むリズムと、宇宙とのかかわりの壮大さを感じる1冊だ。

  • 電子あり
『リズムの生物学』書影
著:柳澤 桂子

地球上に生まれた瞬間から35億年以上もの間、あらゆる生物は太陽の光、月の満ち欠け、潮の流れに同期しながら、体の中にリズムを奏で続けてきました。我々の小さな細胞がなぜ、宇宙のサイクルに呼応してしまうのか。眠り、刺激、脳波、心臓――体内で繰り返し起こるリズム発生のメカニズムとは? 「繰り返し」に安らぎを感じてしまう人間の本能を、生命の神秘にまつわる21の視点から解き明かします。

本書は1994年10月に中公新書より刊行された『いのちとリズム』を改題、加筆したものです。

目次
1天体の動きと生物
2サーカディアンリズムの進化
3サーカディアンリズムの分子生物学
4眠りのリズム
5刺激の伝達のリズム
6脳波のリズム
7心臓の拍動
8非線形振動
9線虫の運動のリズム
10受精波
11細胞分裂のリズム
12細胞という繰り返し構造
13細胞性粘菌の集合のリズム
14ベローソフ-ジャボチンスキー反応
15体節という繰り返し構造
16進化のリズム
17DNAの繰り返し構造・
18遺伝子の繰り返し構造
19非平衡系と生命現象
20繰り返しと心の安らぎ
21文化とリズム
おわりに
講談社学術文庫版あとがき
参考文献

レビュアー

中野亜希

ガジェットと犬と編み物が好きなライター。読書は旅だと思ってます。
twitter:@752019

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