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禅僧、仙厓が描くゆるふわな禅画ベスト100!「厓画無法」で説いた人間賛歌

仙厓BEST100 ARTBOX
(編・著:出光美術館)
2022.02.14
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仙厓はなぜ「かわいい」のか

何かをちょっとでも「いいな」と思うと、つい「かわいい」と言ってしまう。「かわいい」はとても便利な言葉で、自分の中のポジティブかつ優しい気持ちになにかしらのあたたかい名前をつけようとすると、取り急ぎ「かわいい」が第一候補に挙がる。

仙厓(せんがい)の作品はいったい何億回くらい「かわいい」と言われたんだろう。たとえばこの子犬。

「狗子画賛」

かわいい。しかもゴロンと大きな頭から背中、尻尾までの線が美しい。あるグラフィッククリエイターが仙厓の作品の前に立って小さな声で「うまいなあ……」と言っていたのを思い出す。

かわいくて、見ているだけで楽しい気持ちになる。仙厓は誰にでもおすすめできる。でも「なんでだ?」とも思う。江戸時代のお坊さんの描いた画が、どうしてこんなにかわいくて、現代の私たちにも刺さるのか。

『仙厓 BEST100 ARTBOX』は、そんな仙厓の魅力に輪郭を与えてくれる1冊だ。

仙厓が描く禅画(ぜんが)は、その多くが庶民に対して説かれた「人生訓」を主題としています。(中略)仙厓は禅の教えに照らしながら、「救いの手」を書画で表現し、人々へ差しのべたのでした。
庶民を対象として教え導くためには、相手に抵抗感を持たせてはなりません。見た目のわかりやすさは必須であり、それと同時に、感じることのできる絵でなければ説得力がありません。仙厓の絵筆になる「愛らしさ」には、知識を持たない庶民が、パッと「ひと目」で惹きつけられる魅力に溢れていたのです。

ああ、だから私は「かわいい」と言っちゃうのか。でも仙厓のサービス精神だけを受け取って、「ああ、かわいい!」とニッコリして次の作品に目を向けるのは、あまりにもったいない。

たとえば先ほど紹介した「狗子画賛」。ずんぐりむっくりの子犬は紐でつながれているけれど、よく見ると木杭は横倒しになっている。なぜか?

禅画では子犬は単なるペットではなく、仏性(ぶっしょう)があるかないか(「趙州狗子(じょうしゅうくし)」)という議論がなされた重要な存在として描かれますが、仙厓の子犬はいずれも紐で飼いならされた姿で描かれます。この姿は、取るに足らない様々な事柄にがんじがらめになっていて、新しい一歩が踏み出せない哀れな人間の姿を映していると考えることもできるのです。

ただの「かわいい子犬の絵」じゃないんです。

本書には、仙厓のコレクションについて質・量ともに日本随一を誇る出光美術館の収蔵品から選ばれた100の仙厓作品が掲載され、その一つ一つに出光美術館の学芸員による解説が添えられている。この解説がとてもあたたかくて面白い。私が連呼しがちな「かわいい」を、より立体的なイメージに変えてくれた。見応え、読み応えたっぷり。

仙厓のストレートパンチ

『仙厓 BEST100 ARTBOX』は9つの章立てで作られている。まずは第1章「THE 仙厓BEST10」で人気の禅画を紹介し、ここで誰もが仙厓を好きになる。(先ほどご紹介した「狗子画賛」もこちらに載っています)

続く各章からは、禅の教え、仏教の教え、そして仙厓の技法や生き方に触れることができる。

たとえば第4章「人生訓は、ちょっと辛口で」は、「かわいい」だけじゃもったいない仙厓の魅力が存分に伝わる章だ。とくにこの禅画にドキッとした。

どかんと大きな匙。そして賛文の「生かそふと ころそふと」。(恥ずかしながら私は賛文がほとんど読み取れないので、本書の各ページの活字がとてもありがたいです)

この作品に添えられた解説はこちら。

「生かすも、殺すも」結局は医者のさじ加減ひとつであるということ。物事はすべてその状況に応じたさじ加減によって大きく変わるものです。だからこそ、良い結果となるように日々考えて努力して生きてゆくことが大事であると仙厓は教えます。(中略)パンチの効いたストレートな表現が逆に心地よい仙厓画の傑作です。

そうかそうか、そうですよね……神妙な気持ちになる。そして元気がでる。この本のおかげでお気に入りの1枚になった。

ルールのいらない画

第5章「「厓画無法」の世界」も大好きな章だ。現代の絵描きのプロが「うまいなあ……」と絞り出すように言ってしまう仙厓の魅力がよくわかる。

若き日に伝統的な絵画技法を学んだ仙厓ですが、画技の習熟によって得られる「うまさ」に息苦しさを覚えていました。技巧を極め、しかるのちにそのすべてを捨て去る――それは、たゆまざる修行の果てに悟りを開き、自在の境地に達する、禅の教えとも重なります。こうしてできあがった自身の絵を仙厓は、「厓画無法(がいがむほう)」――仙厓の画に法(ルール)なし――と呼びました。

こちらの章で紹介されているのは、たとえばこんな作品。

「!?」となりませんか。どことなくかわいらしいこの物体は、坐禅をする人(仙厓本人)の後ろ姿。私は今でも「かわいい」とつい口に出してしまうけれど、そのかわいさからは、仙厓の思想と教えが伝わってくる。

生粋の仙厓ファンはもちろん、禅画って難しそうと身構えてしまう人にも自信をもっておすすめできる。手元に置いてゆっくり見返したくなる1冊です。

『仙厓BEST100 ARTBOX』書影
編・著:出光美術館

「面白い」「深い」「かわいい」……「厓画無法」で説いた人間賛歌。

生涯に2000点にも及ぶ作品を残したといわれる仙厓義梵(1750-1837)。禅画の枠を超えた、「ゆるふわ」な世界観で、人生の機微とユーモアがあふれるその画や書は多くの人々を魅了し続けています。
出光興産の創業者・出光佐三氏(1885-1981)は生涯をかけて作品を収集し、一千点あまりの日本最大の質と量を誇る仙厓作品のコレクションを築きました。その膨大なコレクションから、美術館が厳選し、解説。ベストオブベストを紹介します。

1章:THE仙厓BEST10
2章:画報学びて不自由なり
3章:仏の教え、禅の教え
4章:人生訓は、ちょっと辛口で
5章:「厓画無法」の世界
6章:「ゆるさ」の効用
7章:九州風土記──名所巡り
8章:自在──無法の書の魅力
9章:遺愛の品々

レビュアー

花森リド イメージ
花森リド

元ゲームプランナーのライター。旅行とランジェリーとaiboを最優先に生活しています。

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