「芸大」って、一体どんな人が通っていて、どんなことをするんだろう?
ちょっと覗いてみたいというあなたにオススメしたいのが、芸大出身の作者によるこの漫画だ。
本人の経験をもとに、芸大キャンパスライフをコメデイタッチで描く作品だ。アートの世界に敷居の高さを感じている人も、すんなり入り込めて、読むだけで芸大に潜入する気分を味わえる!
そして、変人揃いの学生たちの姿を通じて、ゼロからものを生み出すことの苦しさや厳しさ、そして、楽しさが、ふんわりと伝わるのだ。
さて、この漫画の主人公・空野ニコは、瀬戸内の小さな島出身の天然ドジっ子だ。大阪の芸大に進学した彼女は、入学式当日にいきなり遅刻!
慌てて講堂の扉を開けたら、そこは学長があいさつしている壇上だった……。しかし、学長はドジなニコを叱ることもなく、「そう、ここは芸大だ。彼女のような変人は大歓迎」と話を続けるのだ。そうかあ、これが芸大ってやつか……!
学長のお話の通り、芸大には学生も教授も変わり者が揃っている。
ニコに近づく先輩・東郷宗一郎は、チャラ男のように見せかけて、「新人潰し」とも呼ばれるあやしげな存在だ。無名作家のアイデアを盗んだり、勝手に人の作品を売ったりするしているという噂が……。
一方、入学式で仲良くなった原美月は、TVにも出演するほどの美人イラストレーター。すでに世間で活躍している彼女が入学したのは、「憧れの教授がいるから」。
そして、美月が憧れているのが影岩教授(通称・影リン)だ。彼のゼミは、才能を認められた者しか入れず、いわばこの芸大内のエリートコース。しかし、9割が脱落するという厳しいゼミでもある。
ニコと美月は、彼のゼミの説明会に参加し、そのまま作品を描くことになる。早くも選抜テストが始まる中、ド天然のニコは描くことに夢中になってドジを踏み、影リンを怒らせてしまうのだ。
恐るべし、鬼教授。ニコの筆を取り上げ、真っ二つに折ったかと思えば、表情一つ変えず、「猿に筆は不要。指で描け」だ、と……!?
令和元年とは思えないほど容赦なく厳しい指導、やはり芸術の世界は厳しいっ!
ところがニコは、めげることなく、「指は、筆より描きやすい」と超ポジティブ。描きたいテーマに向かって、泥の中から光を求めて浮上するように集中する。ゼロから何かを生み出そうとする芸術家の頭の中をちょっと覗いた気分になれる心象風景もお見事。
ニコの絵は認められ、脱落を免れたものの、容赦なく最下位の学生を切った影リンに真っ向から反論し、結果、ゼミを追い出されることになる。
この時の影リンの言葉がもう、グサグサと刺さる。
「皆が皆、モネになれるわけではない」「ふるいにかけて気付かせることに感謝してほしいくらいだ」と。
うむ、確かにそうなのだ。「才能の有無」による線引きは、非情なもの。アートでもスポーツでも音楽でも、何かを本気で目指したことのある人には、すごく痛い言葉のはずだ。
しかし、そんな厳しい言葉にもニコは打ちのめされることはない。エリートゼミから落ちこぼれても、落ち込むどころか、「あたしはあたしのやり方でモネになる」ときっぱり。ここから彼女の波乱万丈な芸大ライフが始まる!
自分に真っ直ぐで、負の状況もプラスに変えてしまう天真爛漫なニコ。そのバイタリティー溢れる姿と、迷いのない発言には、多くの人たちが勇気づけられるはず!
また、ニコに目をつけた「新人潰し」の東郷先輩や、優等生タイプでニコを心配する美月、さらに、ニコに反発しながらも自分の才能の有無に苦悩する西の森など、タイプの違う学生たちが織り成す人間模様も見どころだ。
実社会と同じく、芸術の世界でも、いろんな人間がいろんな思いを抱えて、もがきながら生きている。そして、自分自身と向き合い、答えを出しながら成長していく姿は、どの世界に生きる人にも通じるものがあり、アートがより身近なものに思えてくる。この先、ニコたちがどう変化し、成長していくのかを楽しみにしたい。
レビュアー
貸本屋店主。都内某所で50年以上続く会員制貸本屋の3代目店主。毎月50~70冊の新刊漫画を読み続けている。趣味に偏りあり。
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