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エルメス財団が推進するプロジェクト。「木とは何か」を多角的に捉える取組

Savoir & Faire 木
(編:エルメス財団)
2021.08.30
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さまざまな角度から「木」と「スキル」にふれる本

読書ってなんて深くてたのしい冒険なんだろう。エルメス財団の『Savoir & Faire 木』の冒険は、静かで優雅でワイルドだ。「木」を中心に、古今東西のあらゆる世界へ連れ出してくれた。哲学から科学へ、そして歴史につながり、やがて芸術と職人と文化へたどり着き、「木」と「スキル」が持つ強さに感動する。香る木への旅まで用意されている。この縦横無尽さがこの本の魅力だ。

枝をじっくり伸ばすように「木」とそれを扱う人間の知恵がひろがり、やがて自分の中でグッと立体的に立ち上がる瞬間に出会うのだ。ぞくぞくする。

そして自分の身の回りにある「木」をますます好きになる。背伸びして買った漆器や黒檀のヘアブラシを使うたびに手からじんわり広がる心地よさがより確かなものになった。そういえば伊勢丹新宿で先日見かけたエルメスのポップアップストアは木を用いた内装で、木の美しい曲線の向こうにドレスや食器が並んでいた。木ってやっぱりいいな。

本そのものの姿形も見飽きない。



すみからすみまで美しいので、ぜひ本屋さんで手に取ってほしい。

『Savoir & Faire 木』、この不思議な題名をもつ本の帯には「手わざとものづくりの16の試み(エッセイ)」と印刷されている。どこから開いてもおもしろいけれど、まずは最初のページから読み進めることをおすすめしたい。この本が提唱する「集合的な知と分野横断性の重要さ」を受け取れるはずだ。あーたのしかった!

ひとつの素材に関する今日の知恵

まずはエルメス財団が2014年から構想し展開してきた「スキル・アカデミー」を紹介したい。この本が持つ不思議な多面性の理由がわかる。

一八三七年に創立された職人たちのメゾンから端を発したエルメス財団は、二〇〇八年のパリでの設立以来、「私たちの行いが、私たちをつくる」をモットーとして活動してきた。それは、芸術的な創作活動を積極的に支援することや、生物多様性の保全への貢献や、工芸的な文化の伝承を奨励することなどのプログラムを通じて体現されてきた。

この流れを汲むのが「スキル・アカデミー」だ。

(前略)様々な異なる職域の交流を図る、本質的なマチエール[素材]を探求するプラットフォームを築くという前衛的なヴィジョンを展開した。このプロジェクトは、多彩な才能との協働でもあり、ひとつの素材に関する今日の知恵をより多くの人々と共有したいという願いから、書籍の出版という形で完結することになった。

「スキル・アカデミー」が目指すビジョンが、書籍という姿になって、職人や研究者ではない私の手元にも届いたというわけだ。この本はフランス版の「Savoir & Faire : Le Bois」の日本版。日本語訳に加え、日本人著者と作家による論考とインタビューが収められている。

ふわふわと何気なく読み始めて、たちまち「木」と「スキル」のとりこになった。

興味の根がひろがる

職人の仕事からは、時間そして過去に対する関わり方への謙虚な姿勢を学ぶことができる。

上のように語る「ものづくりの知恵とわざ」からこの本は始まる。そして木の植物的有機性と非有機的生について思索する「木はリゾームである、そして非有機性のほうへ」に繋がり、「木材を知り、見分け、名付ける」で木の科学的な側面にふれる。そこから歴史へ分け入る。この流れがとても気持ちいい。

日本人にとっての木、つまり樹木とそれを伐採し材とした木、いわゆる木材は、日本人の衣食住に欠くことのできないものの一つである。

こんな書き出しからはじまる「日本人にとっての木」では、縄文時代から現代にいたるまでの日本の木について易しく網羅されている。食(クリは1万年以上前から日本人のお腹を満たしてきた!)、建築、船や枕木といった交通、そして家や庭木や信仰に至るまで、日本人の生活のあらゆるところに木が深く関わってきたことがわかる。

そして次章の「中世史における木 ひとつの文化史」では西洋における木の歴史が語られる。この切り替わりがとても面白い。ちょうど興味が湧いたタイミングでスッと差し出されるのだ。

中世文化において、木とは第一に生きた素材であった。この理由で、木はしばしば石と金属という二つの死んだ素材と対置され、物質のシンボルに関する価値大系の大半において、石と金属よりも優位とされた。確かに耐久性では劣るが、より純粋で高貴であり、何よりも、人間により近い。実際、木は他の素材とは異なる。木は生き、死に、病気にもかかるし欠点もあり、非常に個的である。

このくだりを読んで、前半で読んだ「木はリゾームである、そして非有機性のほうへ」を思い出す。こんなふうに「ああ、さっき読んだあれとつながるかも」と頭の中で根が張っていくのがたまらない。この愉快さは最終章まで続く。

歴史の次は建築と工芸だ。日本の木造建築や日本で古くから使われたきた食器(食いしん坊にはたまらない章!)、そして西洋の家具の機能的で美しい曲線が紹介されてゆく。


写真とレイアウトの美しさもこの本の魅力のひとつだ。木にまつわる芸術作品の写真もたくさん収録されている。各章のあいまに深呼吸するように楽しめた。

DIYスキルは非常時を生き抜く力と自信

木という素材と技に加え、この本ではスキルそのものが持つ目に見えない力もあらわにする。とくに「木工家具とDIYスキルの可能性」に胸を打たれた。この章で紹介されているのは、東日本大地震をきっかけに始まったワークショップで、現在は世界中に顧客をもつ家具メーカーに成長した石巻工房だ。

まず、なぜ石巻工房が作るものは木工家具だったのか? たとえばベンチには次のような力が秘められている。

知らない人同士がベンチに腰掛け、ぽつぽつと会話が始まり、コミュニティーが生まれる。津波で何もかも流された状況下において、ベンチはものすごく大事なコミュニケーションツールになりました。

ただ「便利だから」じゃないのだ。人の手が作り出すものの大切な価値や意味を教えてもらった。機能性の高さとデザインの美しさを兼ね備えた石巻工房の家具は今では海外にも多くファンをもつ。2020年には宿泊型の工房もできた(次の旅行先のリストに加えました)。

そして、なぜワークショップだったのか? DIYのワークショップで木を扱うスキルを身につけ、あえて自分たちの手で作り、さらにスキルを継承していくのはなぜなのか? 次のくだりが私はとても好きだ。

木はとにかくDIYの基本の素材です。(中略)人間にとって最も身近な木という素材とDIYスキルを駆使して家具を作ることは、非常時を生き抜く力と自信になります。そのことが個人レベルの生活立て直しからやがて石巻の町全体の復興に役立ち、活性化につながったわけです。

継承については、別の章「木と仏像」でも別の角度から語られる。この章では仏像の素材としての木、造形、技術を扱う。これらは「文化財保護」で締め括られる。西洋の文化財保護が、発掘されて文明的に価値づけされてゆく「土中古」なのに対し、日本の文化財は次のように伝わるのだという。

日本の文化財の大半は脆弱な木と紙や絹などであり、その大半が長年に亘ってひとの手から手へと護り伝えられた「伝世古」でした。日本の文化財保護は、造られた時の技術と材質を用いて優れた工人が元の状態に戻そうとする極めて感覚的、伝統的な修復技術を中心に発達しました。

スキル・アカデミーの日本での第一章が「木」である理由がここで胸にストンとおさまった。

ことなる著者による文章とインタビューがたくさん詰まった本だが、ひとつの太い作品になっている。ゆっくり読むつもりだったのに一気に読んでしまった。実は、この本を読む前にフランス語の“Savoir & Faire”の意味を辞書で引いてみたものの、私にはよくわからず「困ったなあ」と少し不安だった。読後やっとその手触りがわかった。“Savoir & Faire”がなにを指しているのか、それがどんな文化や思想に根ざしているのかを体感できるはずだ。そして、思わず木をさわりたくなる本だ。

『Savoir & Faire 木』書影
編:エルメス財団

本書は、エルメス財団が推進するプロジェクト「スキル・アカデミー」の一環として企画された書籍シリーズ「Savoir & Faire」をベースに日本語版オリジナルのコンテンツを加えて構成しています。身近にある素材から「木」を選び、「木とは何か」を多角的に捉える意欲的な取組です。
職人技には、身体性と精神性があります。単純な技術を超える真の「わざ」を「スキル」と呼びたいと思います。フランスでは職人やデザイナー、エンジニアたちが専門分野を超えて、天然素材にまつわる知識や技術を共有するための試みとして、スキル・アカデミーが開催され、好評を博しています。本書『Savoir & Faire 木』は、フランス語版から精選した記事を翻訳・収録し、日本人の方 11 名にご寄稿をいただきました。
知っているようで知らない「木」の深い世界に触れれば、木を扱う時に、見る時に、今までとはちがった感覚を覚えることでしょう。

【le livreとは】
フランス語で「本」を意味する《livre》に定冠詞《le》をつけた「ル・リーヴル」は、講談社選書メチエの中に新たに設けられた特装版シリーズです。従来の選書メチエの枠を超える形式やテーマを試みたり、物質としての本の可能性を探ったりします。今あらためて「本というもの」を問い直すために――。


【目次】
日本語版に寄せて オリヴィエ・フルニエ 
ものづくりの知恵とわざ ユーグ・ジャケ
木はリゾームである、そして非有機性のほうへ 宇野邦一

I 木と出会う
木材を知り、見分け、名付ける ポール・コルビノー+ニコラ・マッキオーニ
日本人にとっての木 有岡利幸
中世における木 ひとつの文化史ミシェル・パストゥロー
ひと 内藤礼

II 木と生きる
日本の木造建築の歴史と特質 藤森照信
デザイン、工芸、そして工業における素材の技術的発展 レイモン・ギドー
木工家具とDIYスキルの可能性 石巻工房
パリ工芸博物館所蔵品の道具についての考察 エリック・デュボワ
木と仏像 藪内佐斗司
森は目である。その目には視線が刻まれている ジュゼッペ・ペノーネ

III 木と感じる
「木」と食の文化 小泉武夫
日常の木の器 仁城義勝/仁城逸景
わずかな素材できわめて優美な物を作るという、いともシンプルな発想 エルワン・ブルレック
香る木 ジャン=クロード・エレナ
木と熙 山本昌男

レビュアー

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花森リド

元ゲームプランナーのライター。旅行とランジェリーとaiboを最優先に生活しています。

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