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【人類史上最恐の頭脳】コンピュータ、原子爆弾……をつくった天才の栄光と苦悩
(著:高橋 昌一郎)
わたしたちはノイマンの手の中にいる
20世紀の科学者でもっとも有名な人として、アインシュタインの名をあげることに異論がある人は少ないでしょう。彼が提唱した相対性理論は、世界にたいする認識を大きく変えました。
しかし、彼の理論が一般の人の生活に与えた影響は、あまり大きくなかったように思えます。たいていの人の生活は、相対性理論があろうとなかろうと、そんなに変わらないのではないでしょうか。
しかし、本書の主人公、フォン・ノイマンは違います。
「ノイマン型コンピュータ」を使わずに現代に生きるのは、不可能と断言していいでしょう。すくなくとも、この文を読んでいる人の中に、ノイマンの恩恵に浴してない人はありません。
わたしたちが使っている携帯電話――スマホだろうがガラケーだろうが――には、コンピュータが入っています。これは、ノイマン型コンピュータと呼ばれています。ノイマンが考えたしくみで動いているからです。
家電の多くは、コンピュータを内蔵しています。あなたの家のテレビや電子レンジにも、コンピュータが入っているでしょう。それも、ノイマン型コンピュータです。
じつは、世で「コンピュータ」と呼ばれているもののほとんどは、ノイマン型コンピュータになっています。「非ノイマン型」と呼ばれるものもないわけではありませんが、大学や企業の研究室にあるもので、一般的なものにはなり得ていません。
コンピュータの発明にはさまざまな科学者が関わっているため、その手柄をノイマンひとりに帰することはできませんが、世のほとんどすべてのコンピュータがノイマンの名を冠したものであり、現代が彼の構想の上に成り立っていることはまったくの事実です。
言葉をかえれば、わたしたちはまだ、ノイマンの手の中にいると言えるかもしれません。
歴史の中でノイマンを見る
本書は、そんな偉人ノイマンの伝記です。
ノイマンはコンピュータ以外にも、じつに多くの業績を残しています。しかし、本書はあえて、そこに深く立ち入らずに制作されています。
ノイマンがいかに世界を認識し、どのような価値を重視し、いかなる道徳基準にしたがって行動していたのかについては、必ずしも明らかにされているわけではない。さまざまな専門分野の枠組みの内部において断片的に議論されることはあっても、総合的な「フォン・ノイマンの哲学」については、先行研究もほとんど皆無に等しい状況である。
そこで、ノイマンの生涯と思想を改めて振り返り、「フォン・ノイマンの哲学」に迫るのが、本書の目的である。それも、単に「生涯」を紹介するだけではなく、彼の追究した「学問」と、彼と関係の深かった「人物」に触れながら、時代背景も浮かび上がるように工夫して書き進めていくつもりである。
ノイマンを業績からではなく、その哲学――彼は何を考えていたのか――から見てみよう。すると、まったく別の相貌が見えるのではないか。
このオリジナリティに満ちた指針は絶大な効果のあるものでした。
ノイマンは、ハンガリーはブダペストの人です。このことは、彼の人生に大きな影響をおよぼしています。
第2次大戦のとき、ハンガリーはナチスの傀儡国家となりました。ユダヤ系だった彼は、アメリカに亡命することになります。大戦の終了後も、故国に戻ることはできませんでした。ハンガリーがソビエト連邦の属国になったからです。
アメリカでの彼の仕事は、原子爆弾の開発でした。彼は、それをどこに落とすかの決定にも関わっています。それはやがて、原爆の100倍以上の破壊力を備えることが可能な水素爆弾の開発につながっていきました。また、相棒のように思っていた人物が、じつはソ連のスパイだったという経験もしています。
ナチス・ドイツ、アメリカ、ソ連、そして日本。ただ関わった国名を列挙するだけでも、ノイマンが激動の半生を送った人だということがわかります。ノイマンを描くこと、それはそのまま、20世紀の歴史を記すことになるのです。
これまで、この側面は看過されがちでした。
我々は科学史を学ぶとき、その周辺事情になかなか目をやることはできません。ノイマンはとかく輝かしい業績にあふれた人ですから、それを知るだけで手いっぱいで、「どういう人だったのか」「何を考えていたのか」にふれる機会はあまりありません。
しかし、本書はあえて、ノイマンの人生――仕事や交友関係ばかりでなくプライベートまで――を描くことにより、彼の華々しい活躍も、当時の政治経済・社会・世界情勢などと離れては存在し得なかったことを語っています。本書が持ち得たたいへん貴重な視点です。
ノイマンは人間ではなかった?
本書には「人間のフリをした悪魔」という副題がつけられています。
これは、奇をてらった命名ではありません。ノイマンはしばしば、同時代の人に「人間ではない」と評されていました。信じられないほど頭がよかったからです。
ノイマンとともに研究していたアインシュタインは「天才は俺じゃないよ、ノイマンだよ」と語ったといいます。
彼の才覚を語るエピソードとしてよく引用されるもののひとつに、彼が少年時代にやっていた遊びがあります。
この頃、ノイマン家のパーティでは、幼いノイマンが抜群の記憶力をゲームで披露している。彼は、客が適当に開いた電話帳のページをその場で暗記する。その後、客がランダムに氏名を尋ねると、ノイマンがその電話番号と住所を答え、客が電話番号を尋ねると、ノイマンが氏名と住所を答えるというゲームだった。
さらに、少年ノイマンは、電話帳に記された6桁の電話番号をすべて足した和を暗算で求めることができたそうです。すなわち、彼は暗記力に優れていただけではなく、計算力もズバ抜けていました。
本書を読むと、この人間ばなれした能力も、断じて突然変異的に生まれたわけではないことがわかります。彼もまた、血筋や家庭環境などによって能力を醸成したひとりの人間だったのです。
詳細は控えますが、そこに着目できるのも、本書の重要な特徴のひとつと言えるでしょう。
新しい記録
新しい本であるがゆえに、本書には類書にあまり記されていない数々の事項が記されています。冷戦終結後、ノイマンの研究はどう推移していったのか。彼の子どもたちは、今どこで何をしているのか。
もっとも興味をひくのは、次の事項です。
ノイマンの死後、「私の死後、五〇年が過ぎたら開けてよい」と書かれた箱が見つかった。この「ノイマンの箱」については、中にいったい何が入っているのか、関係者の間で、長年にわたって大きな話題になっていた。
この箱は現在、開封されています。本書はそこに、興味深い推察を加えています。
天才科学者はいったい、何を遺したのか。
ここでは本書ならびにノイマンに敬意を表し、ふれずにおきましょう。
- 電子あり
21世紀の現代の善と悪の原点こそ、フォン・ノイマンである。彼の破天荒な生涯と哲学を知れば、今の便利な生活やAIの源流がよくわかる!
「科学的に可能だとわかっていることは、やり遂げなければならない。それがどんなに恐ろしいことにしてもだ」
彼は、理想に邁進するためには、いかなる犠牲もやむを得ないと「人間性」を切り捨てた。
<本書の主な内容>
第1章 数学の天才 ――ママ、何を計算しているの?
第2章 ヒルベルト学派の旗手 ――君も僕もワインが好きだ。さて、結婚しようか!
第3章 プリンストン高等研究所 ――朝食前にバスローブを着たまま、五ページの論文で証明したのです!
第4章 私生活 ――そのうち将軍になるかもしれない!
第5章 第二次大戦と原子爆弾 ――我々が今生きている世界に責任を持つ必要はない!
第6章 コンピュータの父 ――ようやく私の次に計算の早い機械ができた!
第7章 フォン・ノイマン委員会 ――彼は、人間よりも進化した生物ではないか?
********
ノイマンがいかに世界を認識し、どのような価値を重視し、いかなる道徳基準にしたがって行動していたのかについては、必ずしも明らかにされているわけではない。さまざまな専門分野の枠組みの内部において断片的に議論されることはあっても、総合的な「フォン・ノイマンの哲学」については、先行研究もほとんど皆無に等しい状況である。
そこで、ノイマンの生涯と思想を改めて振り返り、「フォン・ノイマンの哲学」に迫るのが、本書の目的である。それも、単に「生涯」を紹介するだけではなく、彼の追究した「学問」と、彼と関係の深かった「人物」に触れながら、時代背景も浮かび上がるように工夫して書き進めていくつもりである。
――「はじめに」より
********
ノイマンの思想の根底にあるのは、科学で可能なことは徹底的に突き詰めるべきだという「科学優先主義」、目的のためならどんな非人道的兵器でも許されるという「非人道主義」、そして、この世界には普遍的な責任や道徳など存在しないという一種の「虚無主義」である。
ノイマンは、表面的には柔和で人当たりのよい天才科学者でありながら、内面の彼を貫いているのは「人間のフリをした悪魔」そのものの哲学といえる。とはいえ、そのノイマンが、その夜に限っては、ひどく狼狽(うろた)えていたというのである。クララは、彼に睡眠薬とアルコールを勧めた。
――第5章「第二次大戦と原子爆弾」より
レビュアー
早稲田大学卒。元編集者。子ども向けプログラミングスクール「TENTO」前代表。著書に『メールはなぜ届くのか』『SNSって面白いの? 』(講談社)。2013年より身体障害者。
1000年以上前の日本文学を現代日本語に翻訳し同時にそれを英訳して世界に発信する「『今昔物語集』現代語訳プロジェクト」を主宰。
https://hon-yak.net/
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