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【トキ・パンダ問題】絶滅から守るべきか。偽善か?使命か? 生き方を問う

2020.08.05
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トキ、パンダ、ライオン、……多くの生き物が絶滅しかけています。私たちは彼らを絶滅から守るべきでしょうか? それとも特別なことをする必要はない(絶滅は、しかたがない)のでしょうか? どちらかを、理由とともに選んでください。

「トキ・パンダ問題」。本書の全編を通じて鍵となる問いがこの命題です。この記事をたまたま見かけたあなたはどう回答しますか? この問いに向き合うには、その理由が重要なのです。

この悩ましい「トキ・パンダ問題」を端緒に、広島大学大学院教授の山田俊弘先生による軽妙な語り口から紡がれる「正義」とは。
現在、100万種以上の動植物が絶滅の危機に瀕していると言われています。我々人間はそのようなニュースを前にすると、絶滅から保護しなければ!と義憤に駆られますが、なぜ絶滅危惧種を守るべきなのかを論理的に説明できるでしょうか。

さて、100万種以上の動植物の絶滅危機と言われてもピンとこないと思います。そもそも今現在地球上に何種もの動植物が存在しているかもわかりませんよね。本書はまずその推定値を、生物学的な統計理論で導くところから多様な生態系の解説を始めていきます。そして未だ発見されていない種の方が圧倒的に多いことに驚くでしょう。
そして100万種の絶滅がどれほどまでのインパクトがあるのか。生命の誕生から現在まで、過去5回にわたって大量絶滅期が存在したと言われています。



例えば恐竜の絶滅が起きたときのもの。この大量絶滅は多くの人がご存知かと思います。しかしそう言った過去の大量絶滅よりも、現在の大量絶滅の方が状況が酷いという事実を知ったらきっと戦慄することでしょう。なぜならそれらは人間によってもたらされたものなのですから。

生物学者が用いている絶滅の規模の指標に、E/MSY値という指標があります。これは動植物がもし100万種いたとして、そのうちの何種が1年以内に絶滅するかを表す指標で、哺乳類や魚類などのグループによって変化するものの、両生類や哺乳類は1.4~2E/MSYと推定されているとのことです。
恐竜の大量絶滅より規模が大きかったと言われるペルム紀の大量絶滅のE/MSY値は通常時に比べ、最大55倍くらいの両生類が絶滅していると化石から得られた種の記憶から導き出されています。
しかし現代の両生類のE/MSY値はペルム期の2倍に近いという報告があり、過去最悪を軽く上回っている状況であるといえるのです。
哺乳類に関して言えば、現在から過去1000年の絶滅の規模を推定すると人類が登場するまでは2E/MSYだったものが5倍以上に大きく跳ね上がってしまっています。そして、これは現在に近づくほど増加しており、2010年からの1年のデータを用いて推測すると過去最悪だったペルム紀に比べて6倍以上の絶滅規模になっているといいます。



つまり、我々人類が生きている現代は第6の大量絶滅期にあると言えるのです。

そう考えると、現在の大量絶滅を自然の摂理として片付けるにはいささか無理があると考えるのが自然ではないでしょうか。
この状況を読み解くには生物学の視点だけでは見えるはずもありません。そのため本書は倫理、論理、そして歴史など複数の領域を行き来して様々な視点から解説がなされます。時には「ドラえもん」や「アベンジャーズ」などお馴染みの創作の世界も例に挙げてわかりやすく考えるきっかけを提示しつつ、核心に誘ってくれます。

本書の核となる問いは「トキ・パンダ問題」で一貫しています。そしてこの問いを考える際に避けて通れない概念として「差別」の問題があるということにハッとさせられるでしょう。
本書において「差別」は以下のように定義されています。

①あるクラスに所属しているというだけで、
②合理的な根拠がないにもかかわらず、
③異なった(不当な)扱いをすること、

と。
人類は意識的にしろ無意識にしろ、ヒト以外の生き物を差別している事実が浮き彫りになります。他の生き物を捕食する以外に、役に立つからとか、知性があるからとか、可愛いからとかヒトの都合で考えて環境保護や種の保存を考えている事実を目の当たりにすると、何が正義で、何が正しいのかという価値観が揺るがされるでしょう。
本書の結論を述べてしまうと、「人間は生き物を絶滅から守るべき」なのですが、その理由は自分が考えた回答とは違った視点でした。その理由はぜひ実際に本書を手に取って価値観を揺さぶられる体験とともに目にしていただくとして。

現在社会問題となっているBLMのような人種差別、そして女性差別、レイシズムのような問題や、2030年までに達成すべき17の目標、SDGs(持続可能な開発目標)にいまいちピンとこなかった人はどうか本書を手に取ってください。きっと読了後には、それらの課題を受け止めるための、理解の解像度を高める補助線を得られるのではないでしょうか。
受け手の知性が試される強烈な1冊です。

  • 電子あり
『〈正義〉の生物学 トキやパンダを絶滅から守るべきか』書影
著:山田 俊弘

偽善か? 使命か?

私たち人間は、地球に「6度目の大量絶滅時代」をもたらしてしまった。生物多様性を守るための学問、「保全生物(生態)学」の重要性がかつてなく高まっている。

それにしても、生物多様性を守らなければいけない理由とはなんだろうか? パンダやトキが絶滅すると、何か不都合があるのだろうか? じつのところ、生物学はこれまで「保全の理由」をうやむやにしていた。いまあらためて、「命」との向き合い方の話をしよう!

【おもな内容】
序章 生物の保全は必要か?
第1章 保全不要論――絶滅は自然の摂理か?
 1-1 今と昔の生物多様性
 1-2 第六の大量絶滅は自然のプロセスか?
第2章 ヒトがもたらした絶滅の歴史
 2-1 ヒトの起源と世界進出
 2-2 ヒトは悪気のない死神か?
 2-3 未来の技術で環境問題は解決可能か?
第3章 強い種が弱い種を絶滅させるのは自然の摂理か?――〈弱肉強食論〉を考える
 3-1 弱肉強食は自然の摂理か?
 3-2 生存競争は大量絶滅を擁護するか?
 3-3 社会ダーウィニズム――弱肉強食の誤解がはびこった歴史
第4章 トキやパンダは役に立つ?――脆弱な〈役に立つから守る論〉
 4-1 役に立つ種
 4-2 論理的にアウト――〈役に立つから守る論〉の問題点
第5章 〈正義〉の生物学――保全は人の宿命か?
 5-1 人間非中心主義
 5-2 そもそも種は存在するのか?
 5-3 〈正義〉の生物学

レビュアー

宮本夏樹 イメージ
宮本夏樹

静岡育ち、東京在住のプランナー1980年生まれ。電子書籍関連サービスのプロデュースや、オンラインメディアのプランニングとマネタイズで生計を立てる。マンガ好きが昂じ壁一面の本棚を作るものの、日々増え続けるコミックスによる収納限界の訪れは間近に迫っている。

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