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空き地を23億で買う理由は?「たねや」の近江商人哲学、斜め上すぎて感動する!
(著:山本 昌仁)
今、滋賀県で一番、人が集まるのは、近江八幡発祥の和菓子の老舗「たねや」のフラッグショップ「ラ コリーナ近江八幡」だそうです。
東京の人間には馴染みのない名前ですが、その敷地面積は甲子園3つ分。元々、厚生年金休暇センターだったところを23億で購入したという場所です。
普通なら損失分を穴埋めしようとテーマパークを作ったり、巨大ショッピングモールや宿泊施設を作ったりしそうなものですが、「ラ コリーナ」は、そのほとんどが田畑や、雑草が生えている自然の大地。50年後、100年後に大きな森になることを夢見て、苗木も植えたというのですから驚きです。しかし、これこそが近江商人の哲学です。
この本は「たねや」の4代目が、偉大な先代からどのようにして社長を引き継ぎ、店を発展させたのかが書かれているのですが、その方法はかなりユニーク。中でも私が画期的だと思ったのは、社員の評価を店舗の売上げで決める成果主義を止めたことでした。
商売をする上では、将来の目標を数値化するのがセオリーのはずですが、「たねや」には予算もノルマもないのです。
では、何で評価が決まるのかというと、商品のロスを出さないこと。それはつまり、材料を作って下さる農家の努力を無駄にしないこと。
さらに本社は、お客様から丸見えのガラス張り。仕切りのないオープンスペースに決まった自分の席はなく、窓辺のカウンターがデスクです。オフィスには、不思議なオブジェやブランコなど遊び道具も置いてあるといいます。クリエイティブな仕事であれば、そうした空間も納得できるのですが、ここのオフィスにこれが本当に必要なのかと思ってしまいました。
ところが、このように「見える化」したことで情報の共有ができ、経理などの事務系社員たちも、大型バスが来ると自らお客様の整理に当たるようになったのです。
この本社棟を作るにあたっては、米国のグーグル、フェイスブック、アマゾン、ワーナー、ピクサー、ディズニー……と様々なオフィスを見学したといいます。
また、「ラ コリーナ」全体の構想にたどり着くのにも7年かかり、その半分はどのようにしたらいいのかを考えるために、人と会う時間に費やしたというのですから、スケールが違います。
ある意味、それだけの資金力があったからこそできたのだと思いますが、普通なら店舗を増やしたり、会社や個人の資産を殖やしたりにお金を注ぎ込むのではないでしょうか。
ところが「たねや」の場合は、近江商人として代々、培われてきた哲学がありました。それは、自分の利益だけを追求するのではなく、私財を投じて橋や学校や森を作り、地域や社会に還元するというもの。
こうした考え方が培われる土台となった子供のころのエピソードも、想像を超えた、とても興味深いものでした。例えば出店するたびに、その土地に家族全員で引っ越しをしていたというのです。そして、「たねや」という名前を覚えてもらうため、たとえ10円でも領収書をもらうよう小学4年生のころから教え込まれ、中学3年のときには、父親を社長、母親を女将と呼ぶようにしたのです。
また、「舌が鈍る」からと外食は一切許してもらえず、牛丼やふりかけなど、ご飯の上に何かをのせて食べるのも御法度。「主人の舌がすべて」という教えは、このようにして受け継がれ、社長交代の際には、700~800近い全商品の味の見直しをし、いまだに社長がすべての商品の味を決めているということにも驚かされました。
「たねや」は、栗饅頭や最中などで有名ですが、私は、これらを一度も買ったことがありませんでした。それは、ご年配向けの贈答用高級和菓子というイメージを勝手に持っていたからです。しかし、いつも気になっていたデパ地下のバームクーヘンの店や、バレンタインの特設会場で一番、芸術的で美しいと思ったチョコレートが「たねや」の洋菓子部門である「クラブハリエ」のものだったことを知りました。
そして、今回、色々な和菓子を買ってみて、どれもがどこかで食べている味だということに気づきました。実は、どこの商品かもわからない控えめなパッケージに(もちろん、これらも考えつくしたデザインなのですが)、私は「たねや」の和菓子だと気づかず、食べていたのです。
CMも広告も一切、打たず、直接、お客様と向き合う「たねや」流が、ここにも生かされていたのだと思います。こんな世知辛(せちがら)い世の中ですが、こうした目先の利益を追わない、すぐに結果を求めないことが、回り回って大きな利益に結びつくのだということを、改めて教えられた本でした。
- 電子あり
和菓子業界が縮小する中で、なぜたねやグループは右肩上がりの商売繁盛を続けるのか。
成功の裏には、「三方よし」「先義後利」に象徴される近江商人の商売道を現代に昇華させた著者・山本昌仁(たねやグループCEO)の哲学がある。
たねやのフラッグシップ店にして本社機能もある「ラ コリーナ近江八幡」は、ショッピングモールのように快適に整備されているわけでもなく、派手なアトラクションもない。甲子園球場3つ分の敷地には、田んぼがあり、あえて地元の雑草を植えるなど自然の空き地のまま。50年後、100年後に近江八幡を人が集まる場所にして、地元に恩返しするために、目先の利益を追わなかった。融資を受ける際、「なんで菓子屋が田んぼをやる必要があるんや」と反対されても、押し切った。
結果、「ラ コリーナ」は今、年間300万人近くが訪れる。最中や饅頭が飛ぶように売れ、焼きたて、切りたてのバームクーヘン売り場には長蛇の列ができている。
自分たちの利益より、まずはお客様が喜ぶことを考える。お客様以外の人々の利益も考える。生まれ育った地域に還元する。本社は地元から動かさない。
実は著者は会社の売上にはほとんど興味がない。
「数字はあとからついてくる」
本人は意識していないのに、たねやが「現代の近江商人」と呼ばれる所以である。
近江商人がふたたび今注目されているのは、「企業の社会的責任」との関連だろう。社会や地域に貢献する、環境を保護する、持続可能な発展のあり方を考える……。たねやの製造販売の考え方は、今後の商売、特に地方での商売繁盛のためのヒントがいっぱいです。
レビュアー
「関口宏の東京フレンドパーク2」「王様のブランチ」など、バラエティ、ドキュメンタリー、情報番組など多数の番組に放送作家として携わり、ライターとしても雑誌等に執筆。今までにインタビューした有名人は1500人以上。また、京都造形芸術大学非常勤講師として「脚本制作」「ストーリー制作」を担当。東京都千代田区、豊島区、埼玉県志木市主催「小説講座」「コラム講座」講師。雑誌『公募ガイド』「超初心者向け小説講座」(通信教育)講師。現在も、九段生涯学習館で小説サークルを主宰。
公式HPはこちら⇒www.jplanet.jp
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