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シャッター街が奇跡の大逆転! パリと姉妹になった名古屋「円頓寺商店街」物語

名古屋円頓寺商店街の奇跡
(著:山口 あゆみ)
2018.09.08
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パリ祭は7月14日に開催されるフランス革命記念日(フランスの共和国建国記念日)のことですが、日本でもパリ祭が開催されている場所があります。それがこの本で取り上げた名古屋の円頓寺商店街です。開催日は秋、今年は11月10日、11日の2日間です。(HP:http://endoji-paris.net/より)

こちらのパリ祭はパリを感じさせる出店でいっぱいのお祭りのようです。

パリ祭でしか出会えない店がそこにある、というのを大事にしたいからです。花火大会の屋台だったら、どこにでも出ているクレープ屋さんがあってもいいと思いますが、パリ祭というかぎりは、パリに特化している店に出店してもらわないと、『今回はパリでもなかったよね』と言われて魅力を失うと思うんです。

円頓寺商店街パリ祭の中心人物の1人、建築家の市原正人さんの言葉です。

今では多くの人でにぎわう円頓寺商店街ですが、10年ほど前までほとんどシャッター街と化していました。もちろんいくつかのお店には人が集まってはいたものの、シャッターを閉ざしたままの店が多かったのです。

その街がどのようにして活気を取り戻せたのか……この本は市原氏が中心となり、「年をとった」円頓寺商店街を見事に蘇らせるまでになったドキュメントといえるでしょう。

日本のあちこちで、都市の大規模再開発が進められる一方で、そのあおりを受けて今まで賑わっていた商店街等が廃れ、消滅していく例が事欠きません。たくさんの街が死につつあるのです。危機感を持って、時には地方自治体が、あるいはシャッター街に残った人が中心になり、街の復活を目指して活動してきました。しかし思うような結果を残せないことのほうが多かったのです。この本でもその例として同じ名古屋にあった大曽根商店街の話が載っています。なぜ大曽根商店街の再開発事業は失敗したのでしょうか? 

いちばん大切にされるべき、そこで長く商売をしている店舗にかかる負担が大きくのしかかる計画だった。魅力的な店が集まっていない商店街には人も来ない、という当たり前の方程式を見失っていた。結局誰のための街づくりなのか、わからない結果になったと言えよう。

大曽根商店街の再開発は「コンセプト」ばかりが先行した街づくりでした。街に住み続ける人、商売を営む人のことが抜けていたのです。

こんな例が載っています。

2つの商店街にはどちらもアーケードがありました。その改修の仕方にも両者の明暗を分けたものを窺うことができます。大曽根では「昔の商店街の象徴」だったアーケードを新しいデザイン空間を作り出すことを目指して撤去してしまいました。しかしその結果がもたらしたものは、「商店街らしさも客も失った大曽根商店街」でした。

それを他山の石として、円頓寺商店街はアーケードを残すための対策委員会を立ち上げます。委員会は資金調達、行政との難しい交渉を粘り強く進めて、アーケードを残すことに成功しました。この過程にはいくつかの幸運もありましたが、廃れつつある商店街への思いが感じられず口ばかりで融通のきかない行政とのやりとりを読むと、なにが地方活性化の足かせになっているのかがよくわかります。

ともあれ、このアーケードを残したことで新たな道が開けました。円頓寺商店街はこのアーケードで「パリ祭」を開催することを通じて、本家(!)パリのアーケード商店街「パッサージュ・デ・パノラマ」と姉妹提携をすることになったのです。

この商店街の発展を時に中心となり、時にアドバイザーとなり、また商店街に自ら新しい店をオープンした新参者として牽引したのがこの本の主人公というべき市原氏です。彼はどのようにして蘇らせたのでしょうか……。

市原氏が見つけた円頓寺商店街活性化のキーは「ここに来ないと出会えない物、味、空間、人を備えた店」を作っていくことでした。

市原氏は空き家バンクの活動から始めます。けれど前途多難な船出でした。なかなかうまくいかない空き家バンクの交渉の中で、市原氏はあるアイデアを思いつきます。

それは「新しい店が、今ある老舗の営業の邪魔にならないこと」であり「閉店した店の"後継者"を見出す」、さらに商店街の地の利を活かした、お店のビジョンを提示するということでした。つまり所有者ひとりひとりとの「コミュニケーション」を積み上げていくということです。

始めは怪訝(けげん)そうに思っていた商店主・元商店主たちにも市原氏の気持ちが通じたのでしょう。円頓寺商店街の空き家バンクは「ナゴノダナバンク」と名を変えて、少しずつ店舗を招致し開くことができるようになったのです。地方自治体が運営する空き家バンクへの登録はためらう人が多いといわれている中で、円頓寺商店街の「ナゴノダナバンク」は確実に成果を上げていきました。

市原氏がこの活動の中で心に留めたことがありました。

・よそ者ではなく"街の常連"になる。
・空き店舗はただの空き家ではない。そこには生活が残っている。
・街を動かすにはまず自分1人で始めること。"みんな"ではない。
・内容と店主に力がある店があることが重要。

というものです。

店を誘致するときの判断は、老舗になり得るポイントがあるかの見極めだと思います。それにはまず個性的で業態に特徴があるかということ。
もうひとつは、ファンやサポーターを得られるカリスマ性のある店主であること。言い換えれば、感度の高い店主ということです。
そういう店ができると、『あの人が円頓寺にいるのだったら、自分も円頓寺で何かやってみたい』という人が出てくる。人が人を呼ぶんですね。

ここで注目すべきは「人」が中心にあるということです。街の再活性化もあくまでそこにいる人の経験知やエネルギーを活かす上に成り立ちます。市原氏が円頓寺商店街の復興に賭けたのもその街に住み、商売にいそしんでいた住民のエネルギーが残っていたからでしょう。

市原氏に街の魅力を気づかせるきっかけとなった、三味線と長唄の師匠の老伎のエピソードから始まるこの本はこの街で生きている人びとの物語でもあります。市原氏だけでなく、商店街の人びとの顔、老伎のたたずまい、空き店舗の上に暮らしていた老店主の話……それらすべてがこの街の魅力であり、また優しい筆致で綴ったこの本の魅力となっています。

「ナゴノダナバンク」10年間の活動でオープンした店は26店。(そのうち2店はやむを得ない事情でクローズされたとはいえ、この街の人びととのつながりは残っているそうです)

このつながりをもたらしたものはいうまでもなく「人」です。

時代を超えて円頓寺商店街に残っていたのは、建物だけではなかった。
商売人の心も同様に、この地にまだ宿り続けていたのである。

商売人の心にある「ホスピタリティ」がこの街の魅力の源泉となり、新たに参入した新店主たちを支えました。そしてその「心」はさらに今では多くの外国人の観光客を惹きつけるまでになっています。

この本は日本全国で大きな問題となっている地方都市のシャッター街、その活力を蘇らせることができた希有(けう)な実例を追ったものですが、同時に、いやそれ以上に登場するすべての人の顔を見たくなる、話をしたいと思うように感じさせる豊かなものです。読むと楽しく、元気が湧き出てくる1冊です。

  • 電子あり
『名古屋円頓寺商店街の奇跡』書影
著:山口 あゆみ

名古屋駅から徒歩15分。地元でもっとも古くからあると言われ、大正から昭和にかけて隆盛を極めた商店街は、日本各地の商店街同様、人々の消費スタイルの変化と後継者不足から、「緩慢な死」へと向かいつつあった。
ある日、そこにひとりの建築家が縁を持ったことから、街は静かに、そして確実に息を吹き返し、全国、そして海外からも注目される活気に満ちた商店街へと生まれ変わる。コンサルティング会社や自治体主導の「絵に描いた餅」で「お仕着せ」のプランとは真逆の、人間味に溢れた地道な街づくり、人づくりの物語から見えてくる、シャッター街再生のまったく新しいビジネスモデル! 空き家・空き店舗を繁盛店に甦らせた秘策がここに。

レビュアー

野中幸宏

編集者とデザイナーによる書籍レビュー・ユニット。日々喫茶店で珈琲啜りながら、読んだ本の話をしています。政治経済・社会科学から芸能・サブカルチャー、そして勿論小説・マンガまで『何でも見てやろう』(小田実)ならぬ「何でも読んでやろう」の2人です。

note⇒https://note.mu/nonakayukihiro

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