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突然戦場になったシリアは他人事ではない──現代世界の危機を分析する
この本は近代の国民国家を生むことになったウェストファリア体制(条約)をキーワードに、現代世界の危機を分析した力作です。
ウェストファリア体制(条約)とはどのようなものだったのでしょうか。
・ウェストファリア条約は、1648年のウェストファリア会議で成立した30年戦争の講和条約で、世界最初の近代的な国際条約とされている。
・プロテスタントとローマ・カトリック教会が世俗的には対等の立場となった。
・神聖ローマ皇帝の立法権・条約権は帝国議会に拘束され、帝国内の約300におよぶ諸侯の主権が皇帝と帝国に敵対しない限り、完全に認められた。
・そのことにより、ウェストファリア体制は、しばしば「主権国家体制」とも称される。すなわち、国家における領土権、領土内の法的主権およびと主権国家による相互内政不可侵の原理が確立され、近代外交および現代国際法の根本原則が確立された。
(以上「ウィキペディア」より)
重要なのは、プロテスタントとローマ・カトリック教会の双方が対等の立場となったということにあります。さらにこれが主権国家間の関係で双方が対等ということ原理原則をもたらしました。つまりそれが「領土内の法的主権およびと主権国家による相互内政不可侵の原理」であり、その主権国家間の関係を調整するものとして成立したのが「国際法」でした。ウェストファリア体制がもたらした「内政不可侵」という原則は、相互に同等の国家として存在するということを前提にしたものでした。これこそが国民国家をもたらしたのです。
1648年を境として、ヨーロッパの秩序は、ローマ教会や神聖ローマ帝国による秩序から、平等な国家を中心とする秩序へと質的に転換したのです。
そして近代史はこのウェストファリア体制がさまざまな要因によって揺さぶられた歴史でした。これはそのまま相互に平等な「国民国家」の危機を意味しています。
今、私たちは世界秩序の変化の真っ只中に投げ出されようとしています。世界史において、1648年(ウェストファリア)、1712年(ユトレヒト)、1815年(ウィーン)、1919年(ベルサイユ)、1945年(第二次世界大戦の終結)、1989年(冷戦の終結)が世界秩序の変化の活断層であったとするならば私たちは改めて大きな活断層をこれから飛び越えようとしているのです。
これら近代史上の「活断層」はなにをもたらしたのでしょうか。
・ユトレヒト条約:イギリスが海外領土を拡大し、イギリス帝国の繁栄の第1歩となった。
・ウィーン会議:ナポレオン戦争の戦勝国の利益に応じて領土変更がなされた。
・ベルサイユ条約:第1次世界大戦後の世界秩序を決定した。
・第2次世界大戦の終結:冷戦体制の始まり。
・冷戦の終結:現代へ続くテロを含む混乱。
この「活断層」を招き寄せたのは“覇権”という国家意思の出現です。“覇権国家”の出現によって国家間の平等というものが浸食されたのです。覇権国家の出現は従属国家を生み出します。それは太平洋戦争後から今に続く日本の対米従属の歴史をみれば一目瞭然です。
国際法にその効力をもたらすのは国家間の平等関係です。“覇権国家”の出現は国際法の無力化をもたらしました。
では現代の危機をもたらしているのは中国のような新たな覇権国家の出現なのでしょうか。必ずしもそうとは言いきれません。米中2大国の存在が以前のような唯一の覇権国家の存在を難しくしたのでしょうか。実はそれだけではありません。中国の存在はウェストファリア体制と根本的に異なる思想に基づく国家間秩序をもたらそうとしているところにあります。それは「華夷秩序」というものです。
「中華思想」とも呼ばれる「華夷秩序」は先験的に(中国史的にいえば天命でしょうか)、国家間に序列があるとしています。ここには西欧近代が生み出した理念・理想である平等や自由というものは存在していません。
欧米の覇権国家は国家間の平等の上に、その“自由競争=生存競争”の勝者として現れました。けれど「華夷秩序」はまったく次元の違うところにその根拠があります。そしてやっかいなのは、その「華夷秩序」の主唱国が西欧的な意味でも「覇権国家」の実力を持とうと目指していることです。「華夷秩序」での自由は、秩序の中心である中国が“許容する範囲”での自由でしかありません。また「華夷秩序」に平等は存在しないのです。ちなみに、かつて「東亜の小帝国」(『攘夷の日本に幕末史』)を目指し、敗れた日本のアメリカへの従属姿勢にはアメリカを「華」とし、日本を「夷」としている「華夷秩序」があるように思えます。このような体制では自由も宗主国(アメリカ)が許す範囲での自由、しかもその従属姿勢を自ら求め強めていくことで自ら獲得したと錯覚する自由でしかありません。「配給された自由」(河上徹太郎)の完成です。
ウェストファリア体制に淵源する国家間の平等を脅かすものがもう1つ存在します。ISIS(ダーイシュ)です。ISISが目指す国際秩序(新国家建設)が西欧的な主権国家の否定から始まっていることは明らかです。しかもISISの狂信性はウェストファリアが許したような自由、プロテスタントとローマ・カトリックが対等であるというような平等を損なうものであるのも確かです。
今世界では“自由”“平等”をもたらしたウェストファリア体制が根本から揺らぎ始めています。それもかつての旧覇権国家が脅かしたやり方とはまったく異なった次元からの脅威です。ウェストファリア体制の否定は国際法の否定に繋がります。重要なのはトランプ・アメリカに代表されるような自国エゴに固執するのではなく、相互に認め合った主権国家を立て直すことなのではないでしょうか。そんなことを考えさせてくれる1冊でした。
止まらない殺戮の連鎖。人間は野蛮な時代に戻るのか? 駐シリア臨時代理大使が絶望の中心地で見た戦争の本当の姿と日本のサバイバル戦略。
山内昌之氏絶賛!
「教養と実務経験の豊かさに驚く画期的な歴史政治分析」
想像してみてください。わずか4年の内に日本の全人口の1パーセント以上の170万人が殺され、全人口の5分の1にあたる2500万人が国外で難民となり、4000万人近くが国内避難民となる事態を。日本のほとんどの地域で近隣諸国の支援を受けた各派による戦いが継続し、東京にすら迫撃砲の砲弾が毎日のように降り注ぐ情景を。そのような事態が突如として日常になってしまった国がシリアです。
あなたが世界の人々と同じ言葉で心から戦争反対を叫ぼうとするならば、シリアでの戦いを食い止めようとする覚悟が必要なのです。そうでなければ、シリアの人々はあなたを偽善者だと糾弾するでしょう。どうか日本はシリアから遠くてよかったなどと言わないでください。シリアの問題はすでに「わたしたちの問題」なのですから。(「あとがきにかえて」より抜粋)
レビュアー
編集者とデザイナーによる書籍レビュー・ユニット。日々喫茶店で珈琲啜りながら、読んだ本の話をしています。政治経済・社会科学から芸能・サブカルチャー、そして勿論小説・マンガまで『何でも見てやろう』(小田実)ならぬ「何でも読んでやろう」の二人です。
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