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【実話か!?】西尾維新が10年かけて書いた『少女不十分』の生々しさ
先日、小説サークルの20歳の男性から「これ、面白かったです」と手渡されたのが、西尾維新さんの『少女不十分』でした。
西尾さんといえば、テレビドラマにもなった『掟上今日子(おきてがみきょうこ)の備忘録』の原作者で、装丁はアニメに出てくるような少女のイラストが有名。そんなことから、若い人が読む本と決めつけていたので、実は今まで読んだことがありませんでした。
しかし、
──この本を書くのに10年かかった──
という本人のコメントを読んだら、そりゃ読まずにいられませんよね。
そして、読みはじめてすぐに衝撃を受けました。今まで読んだことのない文章表現とセンスに、圧倒されてしまったからです! ほとんどセリフらしいセリフも出て来ず、とにかく延々と主人公の独り言が続くのに、ぐいぐいと引き込まれてしまうのです。
主人公は、小説家の僕。西尾維新さんが経験した本当の話なの? と思うほど、フィクションとノンフィクションの境目が曖昧な僕の語りで、10年前の出来事が生々しく綴られていきます。
当時は、まだ小説家志望でしかなかった僕と小学4年生の少女Uが主な登場人物で、というか、ほとんどこの2人しか出て来ないのですが。
この大学生の僕をキーフレーズで表すなら、推理小説好き、対人スキルゼロ、友達がいない、妄想が激しい、鈍い、事を荒立てるのが嫌い、屁理屈をこねる変人。
少女Uは、比較的裕福な家の子、無表情、かんしゃく持ち、礼儀正しい(特に挨拶。ここがキーポイント)、自分の部屋以外の片付けが苦手(これもキーポイント)。
この2人の1週間の出来事が描かれているのですが、一番の問題は、「僕が少女に拉致監禁された」ということ。大学生が小学生に誘拐される。しかも、武器は小刀だけで、僕は携帯電話も持っているのに。
そんなバカな、と普通は思いますよね。ところが僕は、監禁先から逃げ出せなかったのです。いや、逃げ出さなかったのです。
10年後の僕は当時の自分を「ストックホルム症候群」になっていたのではないかと言います。ストックホルム症候群とは、監禁などで極限状態に置かれた被害者が、犯罪者に同情や好感を持ってしまう心理状態のことです。1973年にストックホルムの銀行で起きた人質立てこもり事件で、人質が犯人と長時間過ごしたことにより共感し、犯人に代わって警官に拳銃を向けたという事件から、この名前が付けられました。
当時の僕も少女のことを考え、「極限まで我慢する」ことを決めます。そして親が留守の2人だけの家で、僕と少女の奇妙な生活が始まるのです。
逃げ出そうと思えばいつでも逃げ出せるのに、用を済ますと監禁部屋に戻って行く僕。
それはまるで、黒澤明監督の映画『椿三十郎』で、捕虜として押し入れに閉じ込められた小林桂樹さん演じる侍のよう。この侍は、勝手に押し入れから出て来ては、また自分から戻って行き、どこか憎めない男でした。
この本に出て来る僕も居候のような状態となり、とうとう少女に買い出しまで頼んでしまうのです。しかし、こうしているうちに少女の闇の部分が浮かび上がり、僕は少女に対してさらに深い同情を覚えるようになります。
そして監禁生活も終わりに近づいたころ、「私が寝付くまで、隣でお話をして」と言う少女。
僕は即興で、言いたいことをぎゅうぎゅうに詰め込んだこんな話をします。
──色々間違って、色々破綻して、色々駄目になって、色々取り返しがつかなくなって、もうまともな人生には戻れないかもしれないけれど、それでも大丈夫なんだと、そんなことは平気なんだと、僕はUに語り続けた──
現実離れした話が続く西尾ワールドの中で、西尾さんが伝えたかったのは、実はこれだったのではないでしょうか。
すべてを読み終えたとき、表紙に描かれているイラストが少女Uとダブり、だからこのイラストだったのだと納得しました。
そして、西尾さんが20歳で小説家デビューしたことも、若い人に圧倒的な人気なのもよくわかりました。
食わず嫌いならぬ、読まず嫌いは改めなければ、と思わせてくれた1冊でした。
■特設ページはこちら⇒http://yanmaga.jp/contents/shojofujubun/
西尾維新初の展覧会「西尾維新大辞展」 東京 7月27日(木)~、大阪 8月9日(水)~ 開催!
<東京会場>
◆日程:2017年7月27日(木)~2017年8月7日(月)
◆会場:松屋銀座8Fイベントスクエア
<大阪会場>
◆日程:2017年8月9日(水)~2017年8月21日(月)
◆会場:大丸心斎橋店 北館14Fイベントホール
※ 詳細は、公式サイトでご確認ください。⇒http://exhibition.ni.siois.in/
- 電子あり
悪いがこの本に粗筋なんてない。これは小説ではないからだ。だから起承転結やサプライズ、気の利いた落ちを求められても、きっとその期待には応えられない。これは昔の話であり、過去の話であり、終わった話だ。記憶もあやふやな10年前の話であり、どんな未来にも繋がっていない。いずれにしても娯楽としてはお勧めできないわけだが、ただしそれでも、ひとつだけ言えることがある。僕はこの本を書くのに、10年かかった。
レビュアー
「関口宏の東京フレンドパーク2」「王様のブランチ」など、バラエティ、ドキュメンタリー、情報番組など多数の番組に放送作家として携わり、ライターとしても雑誌等に執筆。今までにインタビューした有名人は1500人以上。また、京都造形芸術大学非常勤講師として「脚本制作」「ストーリー制作」を担当。東京都千代田区、豊島区、埼玉県志木市主催「小説講座」「コラム講座」講師。雑誌『公募ガイド』「超初心者向け小説講座」(通信教育)講師。現在も、九段生涯学習館で小説サークルを主宰。
公式HPはこちら⇒www.jplanet.jp
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