当代きっての人気作家たちが、リレーのバトンのように物語をつなぎ、紡いでいったミステリーアンソロジーが満を持して刊行! 読者を魅了し続ける5人が一堂に会し、創作秘話を存分に語った記者発表の模様をお届けします。
『宮辻薬東宮』刊行記念インタビュー
宮部さんの未発表原稿が読みたい!
──まず、辻村深月さんに、宮部みゆきさんの短編を読んだ時の印象をお話しいただければと思います。
辻村 私はもともと年季の入った宮部ファンなんです! 宮部さんからのバトンという言葉に、ときめかない私と同世代の作家はいないだろうと思います。編集部からいただいた依頼のメールには、最初の宮部さんの原稿が家族小説でもありながらホラーでもあって、何より宮部さんらしい物語と書いてあって、ここで断ってしまうとその原稿が読めなくなってしまうと思って。宮部さんの未発表原稿を読みたい! という気持ちでお引き受けしました。宮部さんの短編は、写真だったり、家族だったり、聞き手と語り手の妙のような、宮部さんマジックともいえる着地の仕方が本当に見事だったので、それを継承しつつも、ネガとポジのような逆のことができないかな、と思ったところが出発点となって、自分の文の短編を書かせてもらいました。
チャレンジしないと後悔するだろうなって
──そのバトンを受け継いだ薬丸岳さん、お願いいたします。
薬丸 最初はアンソロジーの短編を1本書いてほしいと担当編集から言われ、わかりましたと答えました。そのあと、実は宮部さんが書いて、その次に辻村さんが書いて、さらにその次に薬丸さんが書くんですよ、という話を聞いて、とても驚きました。ぼくがその中に入って良かったのだろうかと思ったのが正直な感想です。ぼくはお二人の作品を、勝手に人間の心の闇というイメージで想像していたのですが、実際読ませていただくと、自分のイメージした作品とかなり違っていました。もちろんとてもおもしろかったですが。今までホラーテイストの作品は書いたことがなかったんですけど、こんなすごい作品を読ませていただいて、チャレンジしてみないと後悔するだろうな、と思って書くことにしました。お二人の作品から引き離されないように書きましたが、それぞれの作品を読まなければ、自分の中でも開けなかった引き出しじゃないかな、と思います。
お祭り気分であっという間に執筆できました
──続いて東山彰良さん、お願いいたします。
東山 ホラーのアンソロジーを書いてほしいという依頼を受けたのが、確か去年の6月くらいだったと思います。大体夏くらいまでに皆さんの原稿が読める、という話だったのですが、これが11月になっても原稿が来ない。どこで押したのか、ぼくは追求しませんけど(笑)。今までホラーを書いたことがなかったので、自分の作風を広げるために書いてみようかな、と思って軽い気持ちで引き受けたのですが、お話が思いつかない。お三方の作品を読んで、ようやくバトンを受けねばならない、ということで脳みそがスパークしたように思います。執筆している最中は、ちょっとしたお祭りのような気分であっという間に執筆できました。小さい時から怖い話は好きだったのですが、出身が台湾なものですから、ベースに「聊斎志異(りょうさいしい)」という中国の古典の怖い話を集めた作品集が頭にあって、自分が生まれ育った台湾の広州街というところを舞台に書きました。お三方に後れをとるまい、と一生懸命に書いたものがこうしてかたちになって本当にうれしいです。本当に怖いかどうかは読者の判断にゆだねるしかありませんが、楽しんでいただけたらいいな、と思います。
五人それぞれが持ち味を生かしたアンソロジー
──では、宮内悠介さん、お願いいたします。
宮内 私がこの話をいただいたときは、カラカルパクスタン共和国という場所にいたのですが、私にとって大変ありがたい話だったので、一も二もなく承諾した次第です。ところが、実際にみなさんの原稿を拝読したところ、とてもおもしろくて、安請け合いしてしまったかもしれないと後悔しました。作品については、私の前の東山さんが「スマホ」というキーワードを出していたので、自分は得意分野のITについて書いてみようと思ったところ、「IT零細企業系ホラー」という妙な短編ができました。普段本を読むときはフィクションではなく資料を読むことが多いのですが、今回は読み込まなければならない、ということで、久しぶりに深い読書経験をさせていただきました。東山さんの作品がなければ、おそらく書けなかったであろう短編が生まれましたし、これがリレーのおもしろいところであると思います。ただ、きっと自分の次にもっとうまい人が引き継いでくれるだろうと思っていたので、気軽に原稿を送ったところ、どうやら自分が最後である、ということが後になってわかりまして、驚くと同時にじわじわと青ざめました(笑)。五人がそれぞれの持ち味を生かしたアンソロジーだと思いますし、私自身本当に楽しんで書けました。
本当に私は役得でした
──宮部さんには、最後に皆さんの作品をお読みいただきました。宮部さん、ご感想をお願いいたします。
宮部 私はもっとも気楽な立場でして、最初のまだ何のコンセプトも立っていないときに、自分の好きなものを書いてくださいと言っていただきました。書いたものを担当編集に渡し、それを起点にアンソロジーを作りますので、と言ってくださったので、それを待っておりましたら、最終的にゲラをもらったときに、素晴らしい方ばっかりだったので、誰よりも私が青くなりました。今一番注目されていて、もっとも忙しい四名の作家にお時間をいただき、大変光栄です。結果的に最初のサイコロを振ったことになって、これまでホラーを書いたことがない方からも、新しい引出しを開けることができた、という言葉が聞けてすごくうれしかったです。ネガとポジになるような作品にしようという言葉通り、辻村さんにはいろいろと考えていただきました。それぞれ独立した短編だけれどもつながりがある、という非常に珍しいアンソロジーを成立できたのは、辻村さんのおかげだと思います。ただ、私が言い出しっぺということで、皆さんの他社の担当者からは相当恨まれていると思うので、これからしばらくは大人しく過ごそうかと思っています(笑)。本当に私は役得でした。大変幸せな作品集になりましたし、素敵な本になりますので、お楽しみいただければこれ以上嬉しいことはありません。
これぞエンタメ! 前代未聞の『ミステリー短編バトンつなぎ』
宮部みゆきさんの書き下ろし短編を辻村深月さんが読み、短編を書き下ろす。その辻村さんの短編を薬丸岳さんが読み、書き下ろし……。超人気作家たちが2年の歳月をかけてつないでいった、リレーミステリーアンソロジー!
ちょっぴり、怖い。だからおもしろい!
宮部みゆき「人・で・なし」
給料日後の最初の金曜日、サラリーマンの僕は先輩とふたり、居酒屋で呑んでいた。話題は同じ部署の後輩で3年目の若手社員。“人でなし”──ふたりのその男に対する評価が一致したとき、僕はかつて経験した「あの話」を語りたくなった。
辻村深月「ママ・はは」
女友達のスミちゃんから頼まれた引っ越しの手伝いで、ふと目に付いたアルバム。開いてみると、着物を着た彼女とお母さんらしき人が写る成人式の写真が挟まっていた。「私、この着物、実は着てないんだよね」。スミちゃんが母親と写真のことを話し始める。
薬丸岳「わたし・わたし」
私が喫茶室に入ると、奥の席に座っていた彼がこちらに顔を向けた。ところが、左目のまわりがあざになっていて、口元も腫れ上がっている。彼は「50万をなくしてしまった。でも、おれの金じゃない」と切り出し、「君に嘘をついていた」と謝ってくる。
東山彰良「スマホが・ほ・し・い」
「殺されたこの女の人、昔裏に住んでいた日本人の留学生なんじゃないのかい?」。テレビのまえで祖母が素っ頓狂な声をあげたとき、春陽(チュンヤン)はスマホを買ってもらうために、一歩も退かない構えで母親に食らいついていた。
宮内悠介「夢・を・殺す」
ゲーム開発を志して立ち上げたソフトハウスだったが、一作だけ出したオリジナルタイトルのセールスが振るわず、今は業務のすべてが下請け作業。作業量と残業は増え続けるが、開発中のプログラムに予期していない“幽霊バグ”が残っていた。
1960年東京都生まれ。'87年「我らが隣人の犯罪」でオール讀物推理小説新人賞を受賞。 '93年『火車』で第6回山本周五郎賞。'99年『理由』で第120回直木三十五賞。'01年『模倣犯』で第55回毎日出版文化賞特別賞、第5回司馬遼太郎賞、第52回芸術選奨文部科学大臣賞をそれぞれ受賞。'07年『名もなき毒』で第41回吉川英治文学賞など受賞多数。ミステリーをはじめ、時代小説、ファンタジー、絵本など著作は多岐に亘る。
1980年山梨県生まれ。'04年『冷たい校舎の時は止まる』で第31回メフィスト賞を受賞。'11年『ツナグ』で第32回吉川英治文学新人賞、'12年『鍵のない夢を見る』で第147回直木三十五賞を受賞。新作の度に期待を大きく上回る作品を刊行し続け、幅広い読者からの支持を得ている。
1969年兵庫県生まれ。'05年『天使のナイフ』で第51回江戸川乱歩賞を受賞。'16年『Aではない君と』で第37回吉川英治文学新人賞、'17年「黄昏」で第70回日本推理作家協会賞〈短編部門〉を受賞。主著に『刑事のまなざし』、『その鏡は噓をつく』、『刑事の約束』などの夏目シリーズ、『友罪』、『ラストナイト』などがある。
1968年台湾生まれ。'02年「タード・オン・ザ・ラン」で第1回「このミステリーがすごい!」大賞銀賞・読者賞を受賞。'03年同作を改題した『逃亡作法 TURD ON THE RUN』で作家デビュー。'09年『路傍』で第11回大藪春彦賞、'15年『流』で第153回直木三十五賞、'16年『罪の終わり』で第11回中央公論文芸賞を受賞。
1979年東京都生まれ。'10年「盤上の夜」で第1回創元SF短編賞山田正紀賞を受賞。'12年同名の作品集で第33回日本SF大賞、'13年第6回(池田晶子記念)わたくし、つまりNobody賞をそれぞれ受賞。'14年『ヨハネスブルグの天使たち』で第34回日本SF大賞特別賞、'17年『彼女がエスパーだったころ』で第38回吉川英治文学新人賞、『カブールの園』で第30回三島由紀夫賞を受賞。