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広島で被爆し全員没した移動演劇団「桜隊」の悲劇──戦禍の女優たちを描く超大作!
(著:堀川 惠子)
園井惠子という女優をご存じだろうか。宝塚歌劇団出身で、戦前に映画、新劇の舞台で活躍した。本書のカバーに彼女の写真が載っているが、その美しさに惹きつけられた。阪東妻三郎の『無法松の一生』は、名画と聞いていたが未見だったので、無法松=松五郎が心を寄せる軍人の未亡人を熱演した園井を、ぜひDVDで鑑賞したい。
8月6日に広島で被爆し、団員9人全員が命をおとした移動演劇団「桜隊」の悲劇については、これまでも何度か夏になると新聞で紹介されていたように思う。園井惠子は団員の一人で、広島を脱出できたものの、身を寄せた神戸の知人宅で、8月21日に亡くなった。
「桜隊」の演出家が、サブタイトルに名がある八田元夫である。劇団に同行していたが、所用のため東京へ戻っているうちに惨劇の報に接し、仲間の消息を求めて8月10日に広島へ入る。園井の最期を看取ったのも八田だった。10日から21日までの安否の捜索については、八田が克明な日記を残していて、被爆後の広島の情景が、堀川惠子さんの筆により圧倒的な迫力で描かれている。
堀川さんは、毎回作品を発表するたびにノンフィクション関係の賞に輝き、鋭い問題意識で強い読後感を残してくれる。これまで、永山則夫や無名の死刑囚、教誨師など裁判関係をテーマにすることが多かったので、最新作が、戦前・戦中・戦後の演劇界の足跡を追い、いまではほとんど忘れられた演劇人たちを主人公に据えた内容に筆者の新境地を感じた。
大正デモクラシーとともに花開いた新しい演劇=「新劇」が、築地小劇場の完成以来、上流階級の娯楽から一般市民、労働者にまで支持され隆盛をほこってゆく。しかし、昭和に入り戦争の足音が聞こえてくると、政府ににらまれ、台本の検閲、公演の弾圧、活動への統制へと進み、俳優・演出家まで検挙、拘束、拷問を受ける時代となる。流れが変わるのにそれほど時間はかからなかった。
昭和3年に治安維持法が改正され、「目的遂行罪」という項目が加わった。特定の結社や非合法な党に加入していなくとも、それらへの信条や教義に協力的であるということだけで、当局の判断により個人を検挙できるようになった。そんな時代を振り返るとき、堀川さんは似た空気が現在の日本に漂っていないか、と危惧する。戦前・戦中の演劇界を描きながら、問題意識は現代に重なっている。
敗戦となり、後に戦争責任の証拠となりそうな関係資料を、軍隊も政府もことごとく焼却したことはよく知られている。戦災によっても資料は焼失した。演劇界においても事情は同様で、なぜ「桜隊」の9人が移動演劇団として広島へ行かなければならなかったのか。それ以前に、政府の統制にだんだんと後退を余儀なくされる当時の演劇界の歩みを検証するには、歴史的な資料がこれまで見当たらず、その詳細を描くことができなかった。
その不明だった時代の動きを埋めてくれるのが、上記した演出家・八田元夫のメモ、日記、写真など膨大な遺品だった。子どものころから両親の影響で演劇に親しみ、築地小劇場の小山内薫に薫陶をうけ、大学卒業後に戯曲を書きはじめ、自らも検挙され一年間も勾留された経験をもつ。戦前、戦中の演劇界を知悉する八田の資料が、早稲田大学演劇博物館の倉庫に手つかずのまま眠っていた。その資料に辿りついたとき、堀川さんの取材熱がいっきょに燃えあがった。
本書に描かれるのは、演劇界の苦闘史だけではない。映画『無法松の一生』で、園井惠子の息子を演じた川村禾門。彼と結婚し「桜隊」の一員となり、園井の娘役を演じた末に原爆の犠牲となる女優の森下彰子。出征した禾門へ送られた彰子からの手紙45通が、夫により残されていた。大島渚がその手紙を基に映画化を考えたというほど、戦中にあっても演劇の道を究めようと必死になる無名の女優の心情と、夫への想いは読む人の心をうつ。
350ページを超える大作ノンフィクションだが、一気に読めた。時代に翻弄されてゆく演劇人たち。それを見つめる堀川惠子さんの筆力。期待を裏切らない1冊だった。
この物語は、演出家八田元夫の眼を通して見た、演劇界の足跡だ。戦禍の中に自由を奪われ、手足を縛られ、重い枷をはめられ、それでも芝居の世界に生きた舞台人たちがいた。互いを深く愛し、戦争で離れ離れになってもなお、演じることを通じて心を通い合わせようとした俳優たちがいた──。いま最も注目されるノンフィクション作家・堀川惠子の最新作!
レビュアー
書籍、特にノンフィクション分野の作品の購入に小遣いの大半をつかってしまう読書家。この20年間の主なノンフィクション賞受賞作はすべて読破している。
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