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“免罪符”ならぬ“免罪温泉”!? 「幻想郵便局」待望の続編!
『幻想温泉郷』は、堀川アサコさんの幻想シリーズ第1弾『幻想郵便局』の“直接”の続編に当たる長編小説です。堀川さんの幻想シリーズは、本書以外にこれまで計5作品が刊行されていますが、それぞれ主人公が異なっていました。ところが本書に限っては、『幻想郵便局』の主人公である安倍アズサが例外的に再登板しているのです。
アズサは現在、東京で就職してOLの身。東京でOLと聞くと、丸の内あたりを闊歩するキャリアウーマンを想像してしまいますが、アズサは前作の頃(2年前)とちっとも変わっていません。垢抜けなくて、おっちょこちょい。「探し物」が得意な彼女のままです。
そのアズサがかつてアルバイトをしていた登天(とうてん)郵便局は、山のてっぺんにあります。彼女がそこで出会った人々も、ほぼ全員が健在です。局長の赤井。オネエ言葉を使う青木。武闘派の鬼塚。郵便局と同じ名前の老人、登天さん。彼らも郵便局も常識の範疇からは外れる存在です。
登天郵便局は、死者が訪れるための場所で、アズサのような例外もいますが、原則、死を迎えた(あるいは迎えそうな)者たちがあの世へ渡るための境目の場所なのです。
生前の善行と悪行が細大もらさず印字されている功徳(くどく)手帳なる物まで存在し、あの世へ行く前に必ず内容をチェックされる。功徳手帳には、ゴミの分別を怠ったとか、そういう次元の出来事まで記録されてしまうので、罪のない人間などまずいなくなるわけですが、アズサが夏休みを利用して久々に訪れた登天郵便局では、手帳にまったく罪の印字されていない者たちが最近目立っていた。
「あなた方の中で罪のない者が、まずこの女に石を投げよ」というのは、ヨハネの福音書の一節ですが、はたして世間一般にそのような清廉潔白な人がいるものでしょうか。たまーに、ひとりぐらいなら出会うかもしれません。でも、登天郵便局では、ひとりやふたりではないのです。
あまつさえ、問題の客たちが例外なく成仏できずに消えてしまうとなれば、とても看過できません。客たちは、生前の罪をインチキで消し去っていたために成仏できないのです。その方法として、「犯した罪が全て帳消しになる」温泉があるらしい。
成仏違反者を出し続けると、ペナルティとして登天郵便局が取りつぶされるかもしれないという事情もあって、アズサは問題の温泉を探し始めます。その途中で銀行強盗を計画したり、アズサらしからぬ恋の予感があったり、10年前に起きた大学生失踪事件が絡んできたりと、意外な展開の連続。
ミステリ、ホラー、青春、恋愛──それらあらゆる要素をかき混ぜて魅力的なお話を紡ぎ出す、というのは、堀川さんの得意技みたいなものですが、本書では他にも幻想シリーズでは共通の、人間の哀切と悲劇が描かれている。それでいて、そのすべてを包み込んでくれる明るいユーモアが、穏やかで優しい気持ちにさせてくれます。
幻想シリーズは「癒やし小説」と呼ばれているだけに確かに癒やされるのですが、それは温泉につかってのんびりできるといった類いのものではありません。冷たい風のあとに、暖かな大気に身を包まれる感覚。温もりを感じる前の冷たさも、まだ肌に残っている。
そして人は、そのような人生の寒暖差を経験して大人になっていくものではないでしょうか。このレビューの最初の方で、アズサは2年前とちっとも変わっていない、と書きましたが、読了して、いささか印象が変わりました。無邪気な天然ぶりは相変わらずですが、心持ち大人っぽくなった気がします。とすれば本書は、アズサのビルドゥングスロマンだったのかもしれません。
そんな彼女の物語をもっと読みたいと思った方は、『幻想郵便局』を手に取ってみてください。2作目の『幻想映画館』を最初に読んでも、もちろん構いません。アズサは出てきませんが、幻想シリーズはどれから読んでも楽しめますから。本書には、その『幻想映画館』のキャラクターも少し顔を出すので、にやりとした方も多いはず。そういう楽しみ方もできるのが幻想シリーズです。『幻想温泉郷』はもちろん、シリーズ丸ごと、おすすめですよ!
登天郵便局は、亡くなった人が成仏する前に寄る郵便局。来た人は貯金窓口のオンライン端末で生前の善行を「功徳通帳」に記入し、地獄極楽門をくぐって次の世へと渡っていく──はずが、門の手前で突然消える人が続出。成仏できない人たちは、どうやら生前、罪を洗い流す温泉に入っているらしい。アズサがその地を探しに行くが……。
レビュアー
1983年夏生まれ。小説家志望。レビュアー。ブログでもときどき書評など書いています。現在、文筆の活動範囲を広げようかと思案中。テレビ観戦がメインですが、サッカーが好き。愛するクラブはマンチェスター・ユナイテッド。
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