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「情報」で読む500年史──情報過多で不安定な世界は、何から壊れるか?

2016.12.22
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「情報」という視点から、現在にいたるまでの「近代世界システム」の盛衰の歴史、さらに私たちを待ち受ける世界を考える基礎として、ぜひ読んでいただきたい1冊です。

ウォーラーステインが提唱した近代世界システムでは「ヘゲモニー国家」というものを取り上げています。ヘゲモニー国家とは、工業、商業、金融業の三部門で他を圧倒するような経済力を持つ国家のことを指します。このヘゲモニー国家は現在まで「一七世紀中頃のオランダ、一九世紀終わり頃から第一次世界大戦勃発頃までのイギリス、第二次大戦後からベトナム戦争勃発頃までのアメリカ合衆国」の3つが存在してきました。

この本では、この3つの国家がなぜ「ヘゲモニー国家」になることができたか、その背景をウォーラーステインではあまり語られなかった“情報”という側面から分析していきます。

なぜ“情報”というものが重要なのでしょうか。それは“経済の成長”“利潤追求”というものに大きく関わっているからです。
──近代世界システムの特徴としては、「持続的経済成長」がある。近代社会システムは、飽くなき利潤追求によって維持される。世界中のどこにでもマーケットを求めて行くからこそ経済が成長するのである。──

オランダの海洋帝国は、「商人の帝国」でした。そして商業情報のネットワークを手にすることによって利潤の追求、経済成長を追求し、最初の「ヘゲモニー国家」となることができました。彼らが商業情報を手にする上で大きな役割を果たしたのは活版印刷術です。そしてその情報の担い手となったのは修道士と商人でした。(修道士の役割は本書に詳述されています)

このオランダに取って代わったのがイギリスです。イギリスは「電信」を手にすることで「情報」をコントロール(支配)することができ、「ヘゲモニー国家」となることができました。
──さまざまな戦争で電信が利用されるようになった。一九世紀のイギリスがいくつもの戦争に勝利できた要因の一つに、電信の利用があったことは言を俟(ま)たない。クリミア戦争の際、黒海海底ケーブルが開通し、イギリスに必要な軍事情報を送ったとされる。──

軍事情報を手にすることで覇権を手にしたイギリスにはオランダと大きく異なる点があります。
──イギリス帝国は、電信によって維持される帝国であった。電信の敷設は、国家の軍事政策と大きな関係があった。海外の電信敷設を担ったのは私企業であったが、電信によって、帝国の一体化がはかられたのである。──

「オランダは決して軍事大国とはいえず、非中央集権的な国家」であり、あくまで「商人のネットワーク」が中心でした。けれどイギリスにおいて国家が全面に出てくるようになりました。「近代世界システム」を考える上で重要な、情報の流通と国家の関係が新たな段階に達したのです。

イギリスに次いでアメリカがヘゲモニー国家として登場しました。アメリカは「電話」を情報ツールとすることでヘゲモニー国家への第一歩を印したのです。といってもオランダの活版印刷やイギリスの電信とはいささかその意味合いが異なっていました。海外に植民地を求めなければならなかったイギリスと異なり、アメリカには大きな国内市場があったからです。
──アメリカはどのようにしてヘゲモニーを獲得したのか。それは、多国籍企業が世界各地に進出し、国際機関という、従来になかった「しくみ」をうまく利用できたことにある。その前提として、電話の使用が大きく寄与したアメリカの国民経済があった。アメリカの企業は、国内の広大な市場を相手にするだけで、じゅうぶんに巨大な企業になりえた。豊かな資本に支えられた巨大企業が、多国籍企業へと変貌したのである。──

アメリカは「電話」の利用により国内経済を強化し、国力を高めた上で「国際機関を創設することで、世界経済をコントロールするシステム」を作り上げたのです。そのために重要だったのは、「IMFや世界銀行(とくに前者)、そして金本位制と結びついた固定相場制、多国籍企業」でした。さらにまた、アメリカは世界各地に軍隊を派遣して、多数の情報を入手することができるようになったのです。

けれどこれにも限界があらわれました。もともと「近代世界システムは、飽くなき利潤追求によって維持」されるものでした。世界中のどこにでも「マーケットを求めて行くからこそ経済が成長する」のですが、この「持続的経済成長」には「未開拓の土地」が必要不可欠です。「まだ開拓していない地域があれば、経済は成長できる」ということです。ですから、未開拓の土地の喪失は経済成長の終焉を意味していることになります。

そして“現在”はというと、この「未開拓の土地」がなくなっている時代なのです。「近代世界システムの特徴である飽くなき利潤追求が可能であった時代は、もう終わりつつある。しかし人びとはなお、飽くことなき利潤追求をしようとしている」時代が“現在”なのです。

ここからがこの本の魅力的なところです。3番めの「ヘゲモニー国家」アメリカの衰えがみられる“現在”への解明へと進みます。

目に見える「未開拓の土地」はなくなりました。けれどその「未開拓の土地」は不可視の領域に求め、作られることになったのです。それは「賃金」の領域でした。
──現代の資本主義社会では、株主にとっての新しい「未開拓の土地」とは、本来労働者が手にするはずの賃金を意味しているように思われる。現代社会の大きな問題点として、世界中で富める人びとと貧しい人びととの格差の拡大があるのは言を俟たない。それは株主らが、新しい利潤の源泉を、本来ならば労働者の手に入るはずの賃金に見出していることに由来しよう。──

これは「近代世界システム」に不可欠な「持続的経済成長」の“持続性の消失”ということをもたらしました。ここにはインターネットの影響がありました。アメリカの軍事目的で開発されたインターネットはまたたくまに世界中に広まりました。けれどこれはアメリカのヘゲモニーを復活・強化することにはなりませんでした。インターネットがもたらしたものは「混乱」そして「不安定性」というものだったのです。
──デジタルメディアが発達しているため、あまりに容易に世界中に情報が発信され、情報が過多になり、何が正しい情報かわからなくなり、情報による不安定性が、世界のあちこちで生じるようになっている。──

情報過多はまた、経済活動においても混乱をもたらしました。デイトレーダーたちが「頻繁に売り買いをし、そのために株式市場が混乱する」ということが起きているのです。
──企業活動とは、本来、長い時間をかけ、人材を育成し、投資をし、利潤を得ようとするものである。企業とは、社会に対して経済的貢献をし、その対価として利潤を獲得する。そのような活動が、デイトレードにかぎらず、短期的な利益を求める投資家によって負の作用を受ける。企業は、短期的な経済の変動に備えつつ、長期的視点に立った活動をしなければならないわけだが、短期的な変動要因が多すぎると、長期的視点に立った活動ができなくなる。──

これが“持続性の消失”です。むろん経済だけではありません。
──情報による不安定性は、経済生活のみならず、政治面においても深く浸透しているのである。情報による不安定性により、世界は多様化し、どのような国も国際機関も、経済・政治面での不安定性をコントロールできなくなっているのが、現代なのである。──

かつての「ヘゲモニー国家」中心の「近代世界システム」は崩壊しようとしています。そしてあらわれたのが“グローバリズム”という「利潤追求」です。不可視の「未開拓の土地」を「賃金の減少」に求めることでしか成り立たない「経済成長」になんの意味があるか……。これがこの本の最後の私たちへの問いであるように思います。世界史を一望し、現在を考えさせる読みごたえのある1冊です。

  • 電子あり
『〈情報〉帝国の興亡 ソフトパワーの五〇〇年史』書影
著:玉木俊明

情報を制する国家が覇権を獲得する! 17世紀オランダの活版印刷、19世紀イギリスの電信、20世紀アメリカの電話──。世界史上のヘゲモニー国家は、情報革命の果実を獲得することで、世界の中核となった。しかし、インターネットがもたらしたのは、中核なき世界だった! 情報の非対称性がなくなっていく近世から、情報の不安定性が激しさを増す現代まで、ソフトパワーの500年の歴史を辿りながら、「近代世界システム」の誕生、興隆、終焉を描きだす1冊。

レビュアー

野中幸宏

編集者とデザイナーによる書籍レビュー・ユニット。日々喫茶店で珈琲啜りながら、読んだ本の話をしています。政治経済・社会科学から芸能・サブカルチャー、そして勿論小説・マンガまで『何でも見てやろう』(小田実)ならぬ「何でも読んでやろう」の二人です。

note
https://note.mu/nonakayukihiro

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