風刺やウイットや皮肉があふれている書物というと、A・ビアスの『悪魔の辞典』が有名ですが、この『B層用語辞典』は、はるかに“毒性”が強く、現代日本の事情を取り上げているだけに、読む者が笑っているばかりというわけにはいかないようです。たとえば……。
【アンダー・コントロール】漏れているということ。
【癒し】安っぽい「感動作」に飛びつき、簡単に癒されるのがB層。
【A層】構造改革に肯定的でかつIQが高い層。資本の原理に則り、B層を踊らす側の人間。財界勝ち組企業、大学教授、マスメディアなど。
【規制緩和】頭とおしりがゆるい政治家のスローガン。
【グローバリスト】国籍や国境が吹っ飛んでいる花畑の住人。鳩山由紀夫や安倍晋三など。
【劇場型】小泉劇場など激情型バカを扇動する。
【シェフの気まぐれサラダ】プロは「気まぐれ」に料理を作るな。
【責任転嫁】嫁に責任を押し付けること。
【対案を示せ】B層の決めセリフ。
【二枚舌】安倍晋三のアベコベ発言のこと。
【ビジュアル系】不細工を化粧で隠すこと。
私たちがどのような時代環境の中にいるのかを痛感させるような寸言が並んでいます。
念のためB層の定義というものはどのような人たちかというと、
──B衆社会の成れの果てに出現した、今の時代を象徴するような愚民です。「マスコミ報道に流されやすい『比較的』IQ(知能指数)が低い人たち」です。──
この日本にはびこるB層へ向けての適菜さんの武器は「常識」というものであり、それに裏打ちされた「保守」というものです。
──かつての保守は、毎日の生活を丁寧に送り、自分の仕事をきちんとこなし、家族や社会を大切にする真っ当な人々のことだった。彼らは祖先から受け継がれてきた生活を保守していた。つまり、保守とは「常識人」ということです。従って、常識を持っている人間は、わざわざ自分のことを「常識人だ」などと言いません。それと同じで、「われわれ保守派は!」と大声を出すのは、「自分は真っ当な人間だ」「自分は常識人だ」と騒いでいるのと同じこと。そういう人のことを一般に「非常識」と呼びます。──
この武器で適菜さんから徹底的な批判を受けているのが安倍首相です。
【安倍晋三】 保守を偽装するグローバリスト。「もはや国境や国籍にこだわる時代は過ぎ去りました」と発言。亡国の移民政策なども推進。
【アベノミクス】出来損ないのお好み焼きのこと。
「辞典」ではこのように定義(!?)されていますが、この本の最後で改めて1章をもうけて(題して「安倍晋三が日本を秒速で破壊する」)批判を展開しています。
批判の俎上にのせられた言動は次のようなものでした。
〇国内に向けては、ウォール街の強欲資本主義を批判しながら、ウォール街の証券取引所では「今日は、皆さんに、日本がもう一度儲かる国になる(中略)ということをお話するためにやってきました」と内外で矛盾した発言。
〇福島原発の「アンダーコントロール」発言。国会で野党に発言を追求されると「対処を行っていること」が「アンダーコントロール」というすり替え。
〇“強行採決した”安保法制。(TPPの“自民党は結党以来強行採決をしたことがない”というのもありました)
さらには移民政策もとりあげられていますが、この論点はぜひ読んでください。「外国人労働者の活用」がもたらす混乱について多面的な影響があることを詳細に論じています。
さて、適菜さんが安倍批判のキーワードとしたのは極めてシンプル(!?)。「嘘つき」というものです。
そのような政権がなぜ支持されているのでしょうか。
──安倍政権は「無知に訴える」ことで権力を掌握したB層政権なのですね。──
厳しい一言があります。さらに、この「無知に訴える」ことに荷担しているのがメディアです。ここには大衆社会におけるメディアによる「パッケージ(見せ方)」の問題が潜んでいる。そしてメディアの見せ方を疑うことができずにいる「価値判断できない人たちが安倍に騙されている」のだと続けています。
反知性主義というのはよく聞かれますがこれもまたB層による大衆社会の病理のひとつです。
──狂気の集団の中では正気を保つ人間が狂人になる。世の中がますますおかしくなっています。嘘、デマ、虚言が日常的に社会に垂れ流されています。現在、わが国はきわめて危険な方向に突き進みつつある。その最大の兆候が、言葉の混乱です。本来の意味を失い、捻じ曲げられ、正反対の意味で使われるようになった言葉が、腐臭を放っている。「戦後レジームからの脱却」を合い言葉に「戦後レジームの固定化」が図られ、「売国」を「愛国」と言い替え、「保守派」が黄色い声援を送る。議会の軽視を「民意の尊重」と言い替え、愚民を煽動する。三権分立の破壊を「政府主導」と言い替え、行政を支配する。
「司法を身近に」というスローガンの下、人民裁判を復活させる。──
これは全体主義のあらわれです。そして「言葉の混乱」は私たちからあらゆる判断を奪います。「思考の幅」がせばめられ「衰弱」しているなかにいるのです。
この本で、全体主義の世界を描いたジョージ・オーウェルの名著『一九八四年』を引いてこう記しています。
──正気を保っている人間は、時折、錯覚に陥る。「もしかしたら、おかしくなったのは自分ではないのか?」と。狂気の集団の中では正気を保つ人間が狂人になる。狂気の集団の中では正気を保つ人間が狂人になる。──
「言葉の混乱」こそが虚偽・欺瞞を生むもとになっています。であるならば今なによりも必要なのは、適菜さんがいうように「常識」というものです。
常識人はウソつきや欺瞞を排します。先にあげた安倍政権の移民政策批判のなかにこういった1節があります。
──政治にとって一番重要なのは、健全な目的だが、すでにその部分が抜け落ちてしまっている。「日本」という主語がないのだ。「日本を守るためには非常識な選択をする」という理屈なら、同意はしないが、理解はできる。しかし、安倍政権とその「お友達」がやっていることは「景気を維持するために国を破壊する」ということである。お下劣ですね。──
これが適菜さんがいう“常識人の判断”というものなのです。
この本の時事的な事項に触れたきつい皮肉・風刺に笑っているだけでなく、適菜さんの言葉を踏まえ、見失った「常識」をとりもどす必要があります。それも今すぐにでも、そんなことを感じました。なにしろもう危機のなかにいるように思うからです。
レビュアー
編集者とデザイナーによる書籍レビュー・ユニット。日々喫茶店で珈琲啜りながら、読んだ本の話をしています。政治経済・社会科学から芸能・サブカルチャー、そして勿論小説・マンガまで『何でも見てやろう』(小田実)ならぬ「何でも読んでやろう」の二人です。
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