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【決定版】人間とは何か。ギリシャの哲人も悩んだ「サルとの違い」を説明できる?
(著:尾本恵市)
人間とは何か!?
限りなく大きなテーマである。人類学はこれを追求するために生まれた。
ご存じのとおり、あらゆる学は細分化している。近年のめざましい進歩はそこから生まれたが、総合の学はほとんどない。ゆえに、「人間とは何か!?」というような大きな問いに接すると、統一見解を出すことができないのである。人類学は当初、そうした状況に一石を投じるために生まれた。細分化した学のさまざまな知見を取りまとめ、「人間とは何か!?」という問いに答えを与えるものとして誕生したのである。
ところが、その人類学が、細分化しはじめている。
生物としてのヒトを扱う自然人類学。社会や文化を扱う文化人類学。先史時代の人類を復元する先史学や考古学。これは世の趨勢だから仕方ないことなのだが、人類学の第一人者である著者はこの状況をたいへん苦々しく思っていた。その気持ちが本書のリリースにつながったのである。あるいは著者は、総合の学としての人類学の空気を知る、数少ない世代なのかもしれない。
本書のテーマは「人間とは何か!?」である。群盲象をなでるというが、これを普通に論じたのでは専門知識に拘泥して広がりを持つことができない。そこで著者は、この巨大なテーマを扱うために、読者対象を限定した。読者は文系、ないしは一般の人。要するに専門外の人である。そのことが、広範な題材を扱うことを可能にしたのだ。言いかえれば本書は、総合の学としての人類学の本分に戻った本だということができる。
一般向けゆえに、わかりやすいし、おもしろい。アリストテレス(縄文時代の人だ)の自然哲学にはじまり、中世キリスト教の創造説、ダーウィンの進化論、20世紀の遺伝子の発見など、本書に接することで、人間が人間に対する考え方を時代や社会状況に応じて変化させてきたことを知ることができる。
たとえば、人間とサルとの近似は古来より指摘されてきた。ギリシャの哲人(アリストテレスも含む)はこれを、「サルは人まねをしている」と考え、キリスト教では「サルは人のできそこない」だとしている。「サルはヒトと同じ仲間」という考えは、ダーウィンの進化論とともに生まれたが、そのダーウィンの意見も、現代では毀誉褒貶の波にさらされている。
読者はこうしたたさまざまな人間観にふれることで、現代の問題も古代の思想と地続きであることを知る。答えは変わっても、「人間とは何か!?」という問いは不断に投げかけられてきたことを知るのだ。
興味深い話題は尽きないが(なにしろ一般読者向けであるから、興味が持続できるような仕掛けがあちこちに設置されている)、印象に残ったのは「なぜ人間には『毛』がないのか?」という問いかけだった。
理由はいくつか考えられる。ひとつは「人間の祖先はサバンナで生活していた」こと。強い日差しが照りつけるサバンナでは、汗による体温調節が必須だ。汗をかくことで体温をコントロールしようと考えれば、体毛は邪魔なものでしかない。それゆえ体毛がなくなった、というきわめて合理的な説明である。
もうひとつは、「毛がない」というそのことが、警戒色の役割を果たしていたのではないか、という指摘である。たとえば毒チョウや毒ガエルはたいがい派手な色に彩られているが、あれは「毒がある」という事実と派手な色彩を捕食者にセットで記憶してもらって、以降同族が襲われないようにするためだ。毛がないのも同じである。遠くからでも「ああ人間だな」と識別できる。チンパンジーが簡単な道具を使うことでもわかるように、ヒトの祖先も捕食者が近づけば棒で追い払うぐらいのことはしていただろう。無闇に近づくと危険な存在だった。無毛を警戒色とする考えはそんなところから生まれた。
おもしろいのは、どちらも科学的に説明することが難しいことだ。人間がサバンナに生活していたことは化石その他数々の証拠によって裏づけられているので間違いないが、サバンナに生活する動物で体毛があるのはいくらもあるし、同じサバンナに暮らす霊長類であるヒヒに体毛があることも説明できない。警戒色に至っては、なんの証明もない。要するに、汗説も警戒色説も、仮説──もっといえば想像の域を出ない考え方なのである。
だが、本書はこうした「科学的」とはいえない説も、重要な指摘として紹介できる。本書のスタンスゆえだろう。
この本ではハッキリと述べてはいないが、人間は「進化をやめていない動物」である。たとえば、カバは、ワニは、ペンギンは、千年前も今と同じ生活を送っていただろう。彼らは進化をやめてしまっているか、その速度が感知できないほどに緩慢なのだ。
だが、千年前の人間と現代の人間では、暮らしぶりがまるでちがっている。それを「進化」と呼んでしまうと否定したい向きもあろうが、変わっていることは誰もが認めざるを得ない。そんな動物は人間だけだ。
今後はどの方向に変わっていくべきだろう? じつは人間が「変わる方向」をコントロールできた試しは一度もないのだが、本書のような書物によって過去を知ることで、「進むべき方向」を考えるよすがにはなるだろう。それは、今後の人類の道標となるものだ。
人間とは何か!? 大きすぎる問いはなくなったわけではない。答える能力を失いかけているだけなのだ。
- 電子あり
二足歩行をする「人類」が誕生したとき、DNAのレベルでは、何が起こっていたのか──。人類学の泰斗が、近年の遺伝学の成果を取り入れ、「ヒトの誕生」への道のりを語る。古代ギリシャの哲人を悩ませた「なぜサルはヒトに似ているか」という問題に、ひとつの答えを提示したのが、ダーウィンの進化論だった。20世紀の半ば以降、DNAの発見によって「進化」と「遺伝子」の関係が探究されるようになるが、人類学と遺伝学は簡単に接続できるものではなかった。ヒトとチンパンジーが遺伝子はよく似ているのに姿は全く違うのに対し、カエルは遺伝的に大きな差異があっても姿はそっくりという例にみるように、遺伝子の進化と形態の進化は一致しないのだ。こうした人類誕生にまつわる「遺伝」と「進化」の関係を、「進化の中立説」「遺伝距離」「構造遺伝子と調節遺伝子」などの用語を使いつつ、やさしく解説する。
レビュアー
早稲田大学卒。書籍編集者として100冊以上の本を企画・編集(うち半分を執筆)。日本に本格的なIT教育を普及させるため、国内ではじめての小中学生向けプログラミング学習機関「TENTO」を設立。TENTO名義で『12歳からはじめるHTML5とCSS3』(ラトルズ)を、個人名義で講談社ブルーバックス『メールはなぜ届くのか』『SNSって面白いの?』を出版。「IT知識は万人が持つべき基礎素養」が持論。2013年より身体障害者になった。
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