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本当はノーベル賞ではない。遺言になかった「経済学賞」真相史
10月が近づくと、メディアはノーベル賞の話題で活気づきます。ここ数年は、物理学賞、生理学・医学賞で日本人の受賞が目立ち、とくに大きく受賞者や受賞した研究内容がクローズアップされたことも記憶に新しいでしょう。
2016年は10月3日から発表されており、生理学・医学賞が10月3日、物理学賞が4日、化学賞が5日、平和賞が7日、経済学賞が10日、そして文学賞が13日でした。このうちノーベル医学・生理学賞を、オートファジーの働きを解明した大隅良典さんが受賞しています。
ところで、これらの賞の中で唯一、日本人が受賞したことのないものがありますが、ご存じでしょうか。それはノーベル経済学賞です。そしてこのノーベル経済学賞は、実は本来の意味での「ノーベル賞」でないことは、意外に知られていないのではないでしょうか。
今回は、この不思議な「ノーベル経済学賞」のおいたちを紐解き、これまでの足跡を追いかける1冊を紹介します。
ノーベルの遺言にないのに「経済学賞」が加わったのはなぜ?
ノーベル賞は、ダイナマイトなどの爆薬の開発で著名なアルフレッド・ノーベルの遺言によって1901年から始められた、多大な功績を残した人物に授与される世界的な賞です。ノーベル賞の分野には、物理学、化学、生理学・医学、文学、平和および経済学の6つがあり、毎年、どのような実績が認められるのか、日本人は受賞できるのだろうかと考える人も多いことでしょう。
実はこの「経済学賞」は「ノーベル経済学賞」という呼び名で通るようになってはいますが、正式な名称ではありません。そして、そもそもノーベルの遺言には、経済学賞は存在しませんでした。
経済学賞の正式名称は、「The Sveriges Riksbank Prize in Economic Sciences in Memopry of Alfred Nobel」といいます。素直に訳せば「アルフレッド・ノーベル記念スウェーデン国立銀行経済学賞」となります。1968年、スウェーデン国立銀行が創立300年を迎えたとき、ノーベル財団に働きかけてノーベル賞に経済学賞を加えた経緯があり、1969年からいわゆる「ノーベル経済学賞」が発表されるようになったのです。
「加えた」という表現も正確ではありません。経済学賞はあくまで「アルフレッド・ノーベル記念スウェーデン国立銀行経済学賞」ですが、他の賞に倣ってスウェーデンの王立科学アカデミーが受賞者の選考に当たっているので、ノーベル経済学賞のように見えるに過ぎないのです。
この点は、ノーベル財団も経済学賞の選考プロセスの説明の中で、「Not a Nobel Prize」という項目を立てて注意を喚起しています。それを裏づけるかのように、かつてノーベル財団を取材した朝日新聞の杉本潔記者は、専務理事から「経済学賞はノーベル賞ではありません。ノーベルの遺言にはない、記念の賞です」という言質を引き出しています(杉本潔「ノーベル経済学賞は『ノーベル賞』ではない!?」[『経済セミナー』2005年1月号、通巻601号]24ページ)。
経済学で婚活パーティーの理想型を考える!?
2012年に「マッチング(組合せ)理論とその応用によるマーケットデザイン(市場の制度設計)の開拓」という研究内容でノーベル経済学賞を受賞した、ロイド・S・シャプレーという学者がいます。シャプレーはゲーム理論の研究者として出発しており、デヴィッド・ゲールとの共同研究で「婚活パーティー」の問題を取り上げ、その解決策を定式化したのです。
いうまでもなく婚活パーティーで望ましいことは「成立したカップルのなかに、お互いに不幸なカップルが1組も存在しない」ことです。「お互いに不幸な」というのは、たとえば現在のパートナーよりも別の異性が好きなのに一緒になることはできなかった「悲劇のカップル」のこと。こうしたカップルがいた場合には、「マッチングは安定的ではない」と言えます。
シャプレーとゲールは、「婚活パーティーに参加する男女の好みがそれぞれどのようなものでも、安定的であるようなマッチングを必ず実現させるようなアルゴリズムが存在する」ということを、数学的に証明したのです。
- 各男性は、自分の希望順位が第1位の女性に、告白する。
- 男性から告白された女性は、自分に告白した男性のなかから希望順位の最も高い男性1名をキープし、それ以外のすべての男性には「ごめんなさい」と言う。
- 2.において女性から「ごめんなさい」と言われた男性は、自分の希望順位が第2位の女性に、告白する。
- 女性は、2.においてキープした男性1名と3.において自分に新たに告白をしてきた男性のうちで最も希望順位の高い男性1名をキープし、それ以外のすべての男性には「ごめんなさい」と言う。
- 以上のラウンドを「ごめんなさい」と言われる男性が1名もいなくなるまでくり返す(そのとき、3.において男性が告白する女性に対する希望順位は、順次繰り下がっていく)。
- 女性から「ごめんなさい」と言われる男性が1名もいなくなったときに、「告白タイム」を終了とする。
なんだか昔、大人気を博したテレビ番組を彷彿させますね。少なくともこの方法では、お互い気に入った人がいるのに、それ以外の人と一緒になる可能性はあり得ません。
実はこの実験結果が得られたのは1960年代初頭のころ。シャプレーとゲールの理論が経済問題の解決に応用できることが発見されたのは、それからおよそ4半世紀後のことでした。
日本人がノーベル経済学賞を獲得するのはいつ?
ノーベル経済学賞には2016年10月13日時点で77人の受賞者がいますが、残念ながら日本人での受賞者はいません。2016年はオリバー・ハート、ベント・ホルムストロームの両氏が受賞しました。
実はここ数年、マクロ経済学の清滝信宏教授(米プリンストン大)がノーベル経済学賞を受賞するだろうという予測はずいぶん聞かれるのですが、惜しくも逃しています。
他の分野における日本人ノーベル賞受賞者はめざましいものがあるのに、なぜノーベル経済学賞だけ受賞できないのでしょうか。この議論は毎年、メディアなどでも論じられてきています。
西洋型価値観の受賞者ばかりであるという選考する側への批判は以前からあったようですが、それ以外にも、受賞対象となる研究期間はその研究の成果を認められてからとなるので、新しい研究内容は対象にできないのでは、などといった「経済」そのものの成果の判定の難しさを指摘する声もあります。
いま日本も経済政策で大きく揺れ動いていますが、その成果が出る数十年後には、日本人ノーベル経済学賞の受賞者が登場するかもしれませんね。
- 電子あり
二十世紀後半の混沌たる現実は、自然科学と平和が対象のはずの賞を「拡張」させた。大恐慌、世界大戦、東西対立、欧州統一、共通通貨……。多くの知性が熱い議論を交わし、相対立する政策が提起される。受賞を後悔したミュルダール、デモ隊に乱入されたフリードマン、投機に足をすくわれたマートンとショールズ……彼らは何を語り、何を見ようとしなかったのか。半世紀近くにわたる歴史を一気にたどり、将来を展望する。
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