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敗戦国の勝者は?──70年前を抱く日本人、捨てたドイツ人

2016.09.02
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「ドイツ人はメロディー感覚は豊かだけれどリズム感はどうもない」……そういえばヘヴィメタルでもジャーマンメタルはどこかクラシック風でもあり、メロディー重視のように思えます。華麗なワルツを生んだ国なのに、さぞや音楽的本能は凄いのではと思うのですが、川口さんによると実に自由奔放(!?)にリズムを理解し得手勝手なダンスをするのがドイツ人だとか。

また、よくいわれている日本の安全もヨーロッパに勝っているひとつでしょう。さらには工事事情などでの日欧の違いを語る川口さんの話はさすがに30年以上におよぶドイツ生活からきている感想(判定?)なのだろうなと思わせるリアリティがあります。

このリアリティは日欧の“平等観”を記したところにも見てとれます。
──日本人の考えでは、誰に教えられなくても、人間は何となく、みな平等なのだ。年功序列というヒエラルキーは明確にあるが、階級という観念は極めて希薄である。──
これに対して
──ドイツには、成長してからは公共の交通機関にはほとんど乗ったことのないという人たちがかなり多く存在する。別に、一番の上流でもない。中流の上ぐらいが、すでに自家用車と、せいぜい遠距離列車と飛行機にしか乗らない人たちだ。(略)この国の市電やバスは、学生と貧乏人と勤労者の一部、あとは環境保護主義や都会住まい老人たちのための乗り物だ。──

日常の感覚の中に「未だに階級社会の名残がちゃんと見えてくる社会」がヨーロッパ(ドイツ)なのだということです。
──この異なった階層という観念がどこから出てきたかというと、それこそが古代から続いていた奴隷制度で、さらに、そこに覆いかぶさるように始まった、近世の植民地政策であると私は思っている。どちらも、人間は平等ではないという認識に則った制度だ。人間を人間扱いしないことを合法と定めた制度である。──

実に冷静で的確な指摘ではないでしょうか。この“見識”はドイツと日本の第二次世界大戦の記憶の仕方を語ったところにもあらわれています。
──戦前、戦中のドイツ人は、加害者ではあるが、詳細を見るなら、終戦のころより後は、同時に被害者でもあった。いろいろ非道なこともされ、悲しい思いもしている。 しかし、それを語り継ぐとき、ドイツ人は、そこから個人的な感情を切り離す努力を惜しまなかった。悲しみは一人一人の心のなかに残っていても、「加害者を恨み続けろ」とか、「皆で加害者を探し出し、落とし前をつけてもらおう」という方向には決して行かなかった。悲しみとはなるべく距離を取ったほうが、気持ちが楽になるということを、ドイツ人はよく知っていたのだろう。(略)
過去から学ぶというのは、過去の失敗を、未来を良くするために生かすという意味であり、まずは過去の出来事を客観的にとらえることから始まる。感情の移入は極力抑え、反省すべきところを探し、過ちを繰り返さないようにするということだ。──

このドイツ人の姿勢に対して川口さんはこのような指摘をしていきます。
──ドイツ人は、七〇年前の人間の行為と現在の自分との間に連続性を見ていないが、日本人にとっては、七〇年前の人間も「我々」なのだ。「彼らが犯した過ちは、ひょっとしたら、私も犯していたかもしれない」という一体感が存在する。──

この歴史観の違いを語った部分はこの本の魅力があふれている個所の一つですし、ことがらが歴史観をめぐるものですから、みなさんぜひ読んでください。優しい語り口の奥にある厳しさが感じられると思います。

優しい語り口に厳しい指摘(認識)にうなずいていると次の言葉が頭に浮かんできました。
「タフじゃなくては生きていけない。やさしくなくては、生きている資格はない」
ご存知、レイモンド・チャンドラーが生み出した探偵フィリップ・マーロウの名ゼリフです。ちなみに原文は「If I wasn't hard, I wouldn't be alive. If I couldn't ever be gentle, I wouldn't deserve to be alive.」なのだそうですが、これをみると矢作俊彦の訳文「ハードでなければ生きていけない、ジェントルでなければ生きていく気にもなれない」のほうがふさわしいように思います。そしてこのほうが川口さんのこの本の姿勢に近いように思います。

ハードな認識を感じたところをいくつか上げてみます。
──「人間みな兄弟」というのは、利害のないところでは容易に成立するテーゼだ。きれいな民族衣装を着て踊っているグループを見るのはエキゾチックで楽しい。何の問題もないし、誰も文句をいわない。しかし、そのグループが、自分たちに経済的な負担をかけ始め、それが果てしなく続くかもしれないとなると、途端に関係は変わる。民族衣装や、自分とは違う肌の色、解せない言葉などが、エキゾチックなものから不愉快なものへ変わっていく。その速度は、極めて速い。(略)人間は、苦しみや悲しみを共有することはできるが、富の共有はなかなか難しい。──

“夢”として始まったEUの現状を語った部分です。それがどうなっているか。
──思えばEUは、美しい理念で始まった。ヨーロッパは一つという夢、アメリカやアジアに対抗する強い経済圏を形成するという夢、そして、皆が豊かになれるはずのグローバル構想という夢……。しかし、それらはことごとく破れ、EUは今や要塞だ。自分たちの富を囲い込み、貧しい国の人々を寄せ付けないための要塞である。しかも、ヨーロッパは一つどころか、EU内でもしょっちゅうナショナリズムがぶつかり合っている。EUがこれほどの排他主義と利己主義の集団になってしまうことを、二〇年前に誰が考えたことだろう。──

タフでジェントルと続けば、次はユーモアですが、これもまた仕込まれています。日本の太地町のイルカ漁、また日本の捕鯨に反対している“海賊”に触れたところで……。
──腹の立つことに、太地町で抗議運動を扇動しているのは、シー・シェパードというかなり問題のあるゴロツキ集団だ。たとえば、二〇一三年二月、米サンフランシスコの連邦高裁は、シー・シェパードを「海賊」と認定している。──

太地町は野蛮なことをしているというわけではありません。「国が行っている科学的な調査に基づいて、資源量が十分なイルカだけを、毎年頭数を決めて捕っている」ので「海を放牧場としてタンパク源を得る」ことをしているだけなのです。

それにもかかわず大きな非難・攻撃をしている「海賊」たちに帯するこんな話が載っています。
──太地町とおなじ「タンパク源を獲る」という論理でイルカ・クジラ漁を行っているデンマーク領フェロー諸島が、イギリスのわずか三〇〇キロ北にあることを、ここに明記しておきたい。そして、彼の地でシー・シェパードの「海賊」たちが妨害行為を働いたおりには、本物の海賊、バイキングの末裔(まつえい)たる漁師たちが、彼らを、いわゆるボコボコにした。日本の大手新聞社の話だ。偽の「海賊」は、二度と戻ってこなかったという。バイキングも、海の狩猟民族なのである。──

さらにビターなユーモアが「食品偽造問題」での日欧の違いを記したところにうかがえます。
──本物を食べつけていた人なら、偽物を食べたときに、何かおかしいと気づいたはずだ。だから、騙されたと怒るのは、「私はこの歳になっても本物を知りません」といっているようで、何だかちょっと恥ずかしい。特に、それを「本物はやっぱり美味しい!」と喜ばしく思いながら食べたのなら、なおのことだ。──
これは日本の食品偽造問題の背後にあるものに触れた個所です。詳細は本を手にとって読んでください、決して後悔しません。

時にヨーロッパを笑いながら、時にうらやみ(北欧の社会保障事情等)、振り返ると日本で安心したかと思うと、日本の夜郎自大さに苦笑する。他を語ることこそがそのまま自分を語ることになる。そんな優れたエッセイの魅力あふれる1冊です。で、思いました、なにが「勝」でなにが「敗」なのか……。たとえ何勝しようとたった1敗で全滅もします。そんなことを思わせる傑作(ユーモアも含めて)です。

レビュアー

野中幸宏

編集者とデザイナーによる書籍レビュー・ユニット。日々喫茶店で珈琲啜りながら、読んだ本の話をしています。政治経済・社会科学から芸能・サブカルチャー、そして勿論小説・マンガまで『何でも見てやろう』(小田実)ならぬ「何でも読んでやろう」の二人です。

note
https://note.mu/nonakayukihiro

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