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今でも使われる「同性愛診断法」──偏見と迫害の黒歴史

──本来、人間は、ひとりひとり違います。だからこそ、なにかしらの共通点を探し、「同じ仲間」だと認識するための名前をつけるわけです。そうして「自分と同じ仲間」が誰なのかという線を引くことによって、必然的に「自分と違うやつら」の存在も立ち現れてきます。
だけれどもその線というのは、もともと引かれているものではなくて、言葉によって引かれたものであるわけです。人が人を「同じ同性愛者の仲間」と呼ぶのは、人が人を「自分たちとは違う同性愛者のやつら」と認識するのは、もともと「同性愛者/異性愛者」の間に線が引かれているからではありません。人が言葉によって線を引いたからです。──

人為的に作られた「同性愛者/異性愛者」という線引き、それによって同性愛者と呼ばれた人たちが排斥され、差別され、時の権力によって迫害されてきたかを歴史的な事実を追いながら明らかにした実に中味の濃い1冊です。こう紹介するとなにやら難しい内容に思いがちですが、そのようなことはありません。目の前で牧村さんが語っているような優しい口調で、ひとつずつ私たちの先入観、偏見の由来をひもといていきます。

同性愛という言葉はいつ生まれたのでしょうか。

「意外に最近のことでした。一八六八年、西欧で交わされた手紙の中でのこと」だそうです。19世紀のプロイセンでは同性愛は社会から「自然に反する罪」と思われ、刑法犯とされていました。それに反対する二人の男があらわれます。法学者ウルリヒスと作家ケルトベニです。彼らは同性愛の「非犯罪化」を目指しました。その論拠としてウルリヒスが唱えたのが「同性愛は選択的な行為ではなく、生まれつきの特性だ」という主張でした。ある日、自分の信念に従い活動するウルリヒスにケルトベニが手紙をしたためます。この手紙の中で始めて「同性愛者」という言葉をケルトベニが使ったのです。こうして「同性愛者/異性愛者」という言葉が生まれ、そこに「境界線」が引かれたのです。

もちろんこれはレッテル貼りではありません。ウルリヒスは「同性愛の非犯罪化のためには、『そもそも人間はみんな異性を愛するように生まれつく』という前提をまず覆す必要」があると考えたのです。けれど“非自然性”ではないことを立証するために使われた論理、「生まれつきの特性」は、「諸刃の刃」でした。すぐ分かるように「生まれつきの特性」としたことによって「同性愛者は生まれつき劣った存在だ」などというような新たな偏見、差別を生むもとにもなったのです。

不幸にもその予感は的中しました。同性愛者にさらに苛酷な試練が待っていました。ナチスの迫害がその最悪の例です。ナチス政権のもと、同性愛者は「国家の敵」として告発、収容されたのです。あろうことか“少子化”の原因ともみなされました。

同性愛は「自然に反する罪」と見なされ、「病気」と解され、「異常」と考えられた偏見にさらされ続けました。それは数々の今では珍妙としかいいようのない同性愛診断法が考案(?)され、広く伝播されたことからもうかがえます。身近にある“異物”を発見・排除するために使われたのです。

この本では同性愛者がさらされた偏見の歴史を追うと同時に、26種の同性愛診断法が紹介されています。愚にもつかないものから、科学的(というかトンデモ科学です)な装いをしたものまで取り上げられています。たとえば「これが〇〇に見えたら同性愛者」とか「同性愛者はお尻で見分けられる」「直腸で見分けられる」などといった診断法です。

ひとつひとつ見ればばかばかしいものに思えるかもしれません。けれど、その中のいくつかは形を変えていまだに行われているようです。近年、アメリカのミドルスクールでも男子生徒が「ゲイ・テスト」を行い問題とされました。

──同性愛が“ネタ”にされるような風潮は、どうして、そしていつまで続くのでしょう。こういった個人レベルでのことに限らず、国家レベルでも、同性愛診断法と称するものはつくり出されつづけています。──

同性愛ということがからかい(蔑称、蔑視)の「ネタ」とされている限り本当の解決はありえません。「同性愛者/異性愛者」という線引きが無意味になる、「おなじ、人間であること」をどこまでも徹底すること、それが肝心なことなのではないでしょうか。

同性愛について、差別について、私たちの中にある偏見はどこからきたのか、さまざまなことを考えさせてくれる1冊です。牧村さんの真摯な思いにうたれる1冊でもありました。

レビュアー

野中幸宏

編集者とデザイナーによる書籍レビュー・ユニット。日々喫茶店で珈琲啜りながら、読んだ本の話をしています。政治経済・社会科学から芸能・サブカルチャー、そして勿論小説・マンガまで『何でも見てやろう』(小田実)ならぬ「何でも読んでやろう」の二人です。

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