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【秀吉神話崩壊】虚構と改竄にまみれてきた“英雄”の正体

秀吉神話をくつがえす
(著:藤田達生)
2016.05.15
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今年の大河ドラマ『真田丸』では小日向文世が快演(怪演?)している豊臣秀吉ですが、いままでにも緒形拳、竹中直人、中村芝鶴、火野正平、西田敏行たち数多くの役者が演じてきました。庶民の英雄としての秀吉を演じたものだと思います。でも彼らが演じた秀吉は実像に近いのでしょうか。この本は庶民の英雄だけでなく、秀吉にまつわるすべての「神話」を解きほぐし、「秀吉の実体」を突き止めようと試みた、類をみない豊臣秀吉論です。

藤田さんのいう秀吉にまつわる「神話」とは、尾張中村の百姓の子として誕生した秀吉が、信長の後を継いで天下統一を実現し、さらには中国、インドへの侵略を目指し、死後は「豊国大明神」とまつられるまでのすべての物語のことです。

──その長い物語は、まず秀吉自身の手によって原型がつくられたあと、後世の人々がそのときどきの必要に応じて改竄(かいざん)・強調をほどこした、いわば「合作」ともいえるものである。──

江戸時代の「秀吉神話」は固定化された身分制がもたらした閉塞感からの「ガス抜き」ともなった「庶民の英雄」というものでした。それが明治政府になると「軍国主義の象徴」となります。「秀吉の朝鮮侵略は、大陸進出をめざす国策にかなうもの」として、「教育現場などにおいても繰り返し称揚」されるようになったのです。

現代はというと「平和の実践者」として新たな「神話」が作られているそうです。これは「豊臣平和令(惣無事令)」というものに焦点を当てたところから生まれれました。秀吉の天下統一事業は「日本に『平和を』現出させることを願ってのもの」だということを中心として生みだされたのです。

では「神話」の向こうから浮かび上がってくる秀吉の実体はというと……卓越した「インテリジェンス収集能力」を持ったマキャベリストの姿が浮かんできます。秀吉はしばしば“人たらし”と呼ばれていますが、それは陽性、天真爛漫ということだけだったのではない秀吉の姿、人心掌握、それを通しての情報収集という、ある種の恐ろしさも意味しているのかもしれません。

この「インテリジェンス収集能力」こそが秀吉の出自を解く鍵となります。この特徴から藤田さんは秀吉が百姓出身ではなく「差別を受け遍歴を繰り返す非農民に出自を持ち、(略)商人的な才覚を磨いていた」のではないかという可能性を上げています。その資質は秀吉に「伝統的な武家道徳」に縛られることのない自由さを備えさせました。織田信長のもとで重臣へと登り詰めた大きな要因がこの自由さだったのです。織田信長の旧弊を打破するという志向性にかなったものだったのです。

秀吉の織田家内の覇権を確立するきっかけとなった「中国大返し」こそ、秀吉の「インテリジェンス収集能力」が最大に発揮された出来事でした。毛利氏との講和、その後の明智光秀との決戦に勝利したのも「インテリジェンス収集能力」によってこそ可能だったのです。

そして秀吉のマキャベリストぶりは、織田体制を継承しようとする信雄から「政権を簒奪して天下人をめざす」中で遺憾なく発揮されました。

──従来考えられているように、信長から秀吉に直線的に政権が継承されたとみるのは誤りであり、その間に信雄政権をみなければ、秀吉の政権獲得過程と、この激動期の政治史の本質をみすごしてしまうのである。──

この権力獲得過程で秀吉は、室町幕府最後の将軍足利義昭に将軍位を渡すよう迫ることもあったようです。これは秀吉に大坂幕府構想があったことをうかがわせます。けれど足利義昭は秀吉を猶子にすることを拒否し決裂してしまいます。そこで秀吉は近衛前久の猶子となる道を選び、関白となったのです。この政争過程ほどマキャベリスト秀吉の実体をあらわしたものはありません。冷静な藤田さんの筆致が、より鮮明に秀吉の姿を読むものに感じさせる部分です。政治過程の分析としても、とても参考になる個所です。

関白となった秀吉は自ら、神格化を謀ります。まず「皇胤説」、継いで「日輪受胎説」を流布させます。後者の要素である「日吉山王権現の申し子説」で、藤田さんは興味深い仮説をここで提示しています。それは「サル」というあだ名はここから来ているのではないかというものです。確かに「家臣にあだ名をつけることが得意な主君・信長は、明智光秀をその頭の形から、『金柑頭(きんかんあたま)』と名づけ、秀吉のことは『禿鼠(はげねずみ)」と呼んだが、『猿』と呼んだ確証はない」ようです。この分析を読むと残されている秀吉画像も「サル」、「禿鼠」どちらにも見えるような気がしてきます。

ではこうして天下人となった秀吉は「平和」を望んでいたのでしょうか。ここにも藤田さんが疑義を呈します。では、「豊臣平和令」はなにを意味していたのでしょうか。

──秀吉の生涯の目標は何だったのだろうか。多くの人々は天下統一と答えるだろうが、否である。天下統一は、ひとつの通過点に過ぎなかった。南欧勢力の侵入、中国を中心とする東アジアの外交秩序の弛緩(しかん)、これらがもたらすグローバル化に対応して、日本を「神国」と位置づけ、武威を強調する「帝国」の樹立をめざしたのである。──

秀吉の平和は内向きのもので、秀吉の行動は今に通じる「帝国」の出現を思わせるものだったと……。そして藤田さんはこう締めくくっています。

──秀吉は、今なお歴史学界ばかりか教育現場においても英雄として君臨している。徒手空拳の身からの献身的奉公による出世、偉大な改革者・平和主義者そして勤皇家としての成功……。欺瞞というほかない現代の「秀吉神話」が、新たな「帝国」を寿(ことほ)ぐ物語とならぬことを祈るばかりである。──

この本には優れたミステリーを読んでいるようなスリリングな謎解きと現代への危機意識が共鳴しています。

さらに、藤田さんはもうひとつ現代の「帝国」についてこう記しています。

──民衆への競争原理の導入や自己責任論の強制、それとは裏腹の政界における世襲制の確立と既得権の拡大というダブルスタンダードは、「帝国」では常識化しつつある。昨今は、「武士道」などの精神論が花盛りだが、これも自己責任論と巧妙にリンクする物語である。──

これもまた歴史から学ぶとはどういうことかを、私たちに教えている一節のように思えます。

レビュアー

野中幸宏

編集者とデザイナーによる書籍レビュー・ユニット。日々喫茶店で珈琲啜りながら、読んだ本の話をしています。政治経済・社会科学から芸能・サブカルチャー、そして勿論小説・マンガまで『何でも見てやろう』(小田実)ならぬ「何でも読んでやろう」の二人です。

note
https://note.mu/nonakayukihiro

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