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【箱入り娘?】大正期、美少女が「怪しい箱」に挑む本格ミステリ

大正箱娘 見習い記者と謎解き姫
(著:紅玉いづき)
2016.05.07
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著者の紅玉(こうぎょく)いづきさんは、本書のあとがきでこんなふうに綴っている。

「とかく娘というものは、箱に入っているものだと思う。箱入り娘という言葉があり、かつて私だって娘と呼ばれる立場であったし、箱とは全く窮屈なものだなと思ってもいたし、入りきらずにはみ出してもいた。
箱には娘がよく似合う。
そう思いながら書いたのが、この『箱娘』の物語だった。(後略)」

そうなのかもしれない……とは思うものの、男の僕には女性が箱に詰め込まれる、あるいは囲われてゆく、あるいは自ら箱に入る感覚は、よくわからない。むろん男だって、社会的には何かしらの箱には入っている。 たとえば、男とはこうあるべきだ、という一般概念の箱に。
 
しかし箱は箱でも、女性の方が男よりずっと窮屈な箱に入っているのは間違いないだろう。個々人で差はあるにしても。
 
その程度のことなら僕にもわかる。たぶんそれは偏見ではない。もしそうなら、男女平等や男女の格差是正を求める声がこんなにも聞こえてはこないはずだ。
 
平成の時代でさえこんな具合なのだから、大正時代の女たちは、どんな思いで箱の中に入っていたのだろうか? それとも、箱の存在そのものに気づいていなかったのだろうか? 概念の箱とは、見る気がなければ、意外と見えないものだと思う。だから、箱が見えない女性はこれまで大勢いただろうし、現代にだってたくさんいるだろう。

読書中、つらつらとそんなことを考えさせられた。ほぼずっとそんなことを考えさせられたお話は、実は本書が初めてかもしれない。だからこそ、この小説は僕の心の深い部分にまで入り込んできたのだと思う。

『大正箱娘』はタイトルの通り、箱と女の物語だ。四話構成の連作短編であり、各話ごとに必ず箱が出てくる。箱は、文字通り箱であったり、観念や概念の箱であったり──とにかくその形がなんであれ、箱の中には、女もしくは女と密接に関係したものが入っている。

そのような箱や女に対して作中自らの考えを徐々に開陳していくのが、本編の語り手である帝京新聞の新米記者、英田紺(あいだこん)。上司の小布施(おぶせ)からは「紺坊(こんぼう)」などと呼ばれることもある17歳で、童顔、小柄。しかしその体躯と顔立ちに似合わず、「泣かせてやるよ、ボウズ」(第三話)と言ってくる相手に、喧嘩も辞さない度胸の持ち主だ。
 
そんな紺の元には、ときどき奇妙な依頼が舞い込んでくる。上司の命で(ときには自ら)厄介事に首を突っ込むこともある。

呪いの箱の始末であったり(第一話「箱娘」)。
自殺した著名な戯曲家の脚本探しであったり(第二話「今際女優」)。
心中の流行を止めるために、巷を騒がせる怪人の名を利用せよと命じられたり(第三話「放蕩子爵」)。
〝呪いの箱の奥様〟から助けを求める手紙をもらったり(第四話「悪食警部」)。

各話、魅力的な謎と登場人物、そして、怪しげな〝箱〟が登場するわけだが、肝心のその箱が簡単に開くとは限らない。そこで紺が頼ったのが『箱娘』だった。
 
箱のような形の屋敷で暮らす着物姿の美しい娘、回向院(えこういん)うらら。『箱入り娘』ではなく、『箱娘』と名乗る彼女は、こう言ってのける。

「箱と名のつくもので、うちに開けられぬものもありませんし、うちに閉じられぬ、ものもありませぬ」(原文ママ)と。

中には、開けるべきではない箱もある。箱には、ときに秘密が隠されている。知らなければよかったと思うほどの秘密が……。でも、それでも開けなければならないこともあるらしい。うららが解いた謎の答えに、請われて開けた箱の中身に、紺は何を思うのか。それがこの小説の幹なのだろうと思う。本書には儚さや寂しさや理不尽さが濃霧のごとく怪しげに漂っている。それでいて、暗い印象だけでは終わらない力強さや明るさがある。それは、紺が遠く見つめる遙か彼方──こうあって欲しいと望む未来への期待を投影したものかもしれない。

僕にとって『大正箱娘』は、『箱娘』たるうららではなく、箱と女と時代を苦々しく見つめる新米記者・紺の物語だった。だから紺がこれから何を見て、何を考え、どう成長していくのか、それがとても気になるのだ。もちろん、謎を多く残したままの、うららの正体が気にならないと言えば嘘になる。
 
幸い、本書のあとがきによると『大正箱娘』には次回作の予定があるらしい。タイトルは『大正箱娘 怪人カシオペイヤ(仮)』。カシオペイヤとは本書の第三話に登場する謎の人物であり、金品ではなく「秘密」を狙う怪人のことだ。次回作では、うららとその怪人との頭脳戦が繰り広げられるのか。それとも、それとは違った形の小説になるのか。考え始めたら興味は尽きないけれど、それは続編を手に取ったときの楽しみとしておこう。何が入っているのかわかっている箱よりも、中身がわからない箱を開けるほうが、わくわくする。小説もそれと同じだから。

レビュアー

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赤星秀一

1983年夏生まれ。小説家志望。レビュアー。ブログでもときどき書評など書いています。現在、文筆の活動範囲を広げようかと思案中。テレビ観戦がメインですが、サッカーが好き。愛するクラブはマンチェスター・ユナイテッド。

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