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いまこそ「寅さん」。没後20年、読み方のススメ
(著:辻正司)
東京観光の公式サイト『GO TOKYO』でも『葛飾柴又寅さん記念館』が紹介されているように、長く日本人に(今や世界にも)愛されているキャラクター寅さんこと車寅次郎。劇場版の最終作48作目『男はつらいよ 寅次郎紅の花』が公開されたのが1995年12月23日、翌年1996年8月4日に寅さんを演じた渥美清さんが亡くなりました。はやいもので今年(2016年)で20年になります。
この本は「人間関係で悶々としたとき。仕事で壁にぶち当たったとき。困ったとき、悩んだとき、いつも「寅さん」が私を助けてくれました」という著者の愛情あふれる〝寅さんのススメ〟とでもいうものだと思います。ビジネスマンとしての辻さんのセンスも光る〝映画のススメ〟です。
この寅さんを生んだのは山田洋次監督ですが、魂を吹き込んだのは名優・渥美清さんではないでしょうか。渥美さんが若くして肺結核に倒れ、片肺切除という大手術で生死の境をさまよい、長い療養生活を送ったことはよく知られています。「倒れたとき六十五キロあった体重は、二年後の退院時には三十五キロ」になっていたという闘病生活でした。
「あの時、死んでもよかったんだ。生きてるのが不思議なんだよね」と、また「それ以後の人生は『余録(おまけ)』で、『天が死を猶予してくれた賜物だ』とも」語っていたそうです。著者が感じた「寅さんの飄々(ひょうひょう)とした軽ろみの奥に潜む厚み、それは俳優であり、観る人にとっては寅さんそのものでもある俳優・渥美清の秘めた凄み」というものはこの渥美さんの体験がもたらしたものでした。
この体験を知ると「頭の方じゃ分かってるけどね、気持ちのほうが、そうついてきてくれないんだよ」という寅さんの劇中のセリフも違って聞こえてきます。「人間は感情的で不合理な生き物です。そこに、人間としての魅力が生まれる」と同時に人間の持っているやむにやまれぬさというものを見つめる視線がここにあるように思えます。だから「無駄と思われること、脇道、回り道が、人生には大切で、無駄なことは一つもない」のです。寅さんが幾度も恋に落ちるのも人の性(さが)、業(ごう)とでもいうものをあらわしているのでしょう。
ところで今年1月11日の福島民報にこのようなコラムがありました。阪神淡路大震災の年に公開された最終作の中で復興支援の活躍をしている寅さんが登場しています。その復興支援の姿に触れてこう綴られています。「今もシリーズが続いていたら、と想像する。津波や原発事故の被災地を舞台にした作品ができ、復興の光を全国に届けてくれたのではないか──と。きょうで東日本大震災から4年10ヵ月を数える。かなわぬことと思いつつ、そんなことを考えた」(『あぶくま抄』より)。確か「みなさま、ほんとうにごくろうさまでした」というのが、この最終作の寅さんの最後のセリフでした。渥美さんの最後のセリフでもあります。
東日本大震災の時には「多くの避難所で『寅さん』が活躍しました。『男はつらいよ』シリーズが上映されると、筆舌尽くしがたく厳しい状況にある人々から、しばらく忘れていた笑い声が聞こえてきたのです」(辻さん)と。笑いをとおして誰をも元気づける寅さんの真骨頂です。
20年という長い年月を経てなお愛され続ける寅さんの中には、「俺には難しいことはよく分からねえけどね、あんたが幸せになってくれりゃいいと思ってるよ」というセリフに代表されるような優しさや情が込められています。それがいつまでも人々を元気づけているのです。失恋を幾度も繰り返しても一心不乱に(心は乱れているでしょうけれども)、ひたむきに生きている。「他人(ひと)に褒(ほ)められようってアホなことを考えているうちは、碌(ろく)なもんはでけんわ」。いや、まったくそのとおりです……。
今年1月にテレビ版の『男はつらいよ』がBSで放送されました。といっても第1回と最終回だけでしたが。どうやらテレビ版はこの2本しか残っていないようです。最終回は寅さんがハブに噛まれて死ぬというものでした。それを見ながらつい思ってしまいました。映画版はすべて死ぬ寸前に寅さんが見た夢だったんじゃないかと……。だからいつも映画の寅さんはゼロからスタートしているんじゃないかと……。だからいつもまっさらな顔で私たちの前にあわれてきたんじゃないかと。そして寅さんから学ぼうなんていったらこういい返されるかもしれません、「おまえさしずめインテリだな」、いいか学ぶんじゃないよ、しっかり生きて元気に笑えよって。
レビュアー
編集者とデザイナーによる書籍レビュー・ユニット。日々喫茶店で珈琲啜りながら、読んだ本の話をしています。
note
https://note.mu/nonakayukihiro
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