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進化には、つねに獲得と喪失というトレードオフが背中合わせに進むのです
(著:栃内新)
「病気だと思っているさまざまな疾病や疾患と言った症状のうち、あるものは身体を守るための大切な防御反応であり、またあるものは人間が作り上げた文明や文化が原因となって引き起こされた「人災」であり、さらには病気を起こすと考えられていた遺伝子が、じつは我々の祖先が生き延びるために有益であったというようなことが次々とあきらかになってきたのである」
これがダーウィン医学が私たちにもたらした知見です。進化の視点を取り入れることで病気との新しいつきあい方を考える助けになるでしょうし、また栃内さんが記したように「将来の治療法開発につながったり、治療法の改善に寄与したりするような実験的提案ができることは間違いない」と思います。
このダーウィン医学のエッセンスは第2章で風邪を例にして詳説されています。風邪の諸症状が私たちにもたらす「「不快感」は、身体がウイルスや細菌に正常に反応して、身体を元の状態に戻そうとしている」ことであり、それが「病気からの自然治癒を促すことになる」ことを丁寧に説明しています。もちろん自然治癒ということだけなく、解熱剤や抗ウイルス剤がどのような働きをしているのかも説明されています。
進化という視点で見ると、ヒトの身体は「慢性的飢餓状態で暮らしていたころから、それほど大きくは進化していない」そうです。ところが農耕技術などの文明の進歩によりこの慢性飢餓状態ではない環境を人間は作り出すことができるようになりました。それはまた、生活習慣病と総称される状態をつくり出すことにもつながってきます。
またその一方では栄養素の欠乏という事態が生じてきたのです。ヒトは植物食から自然に採取できたため「体内でのビタミンC合成能力」を失うように進化してきました。ところがヒトが獲得した食料保存という技術文明はヒトの移動範囲を大きく広げることを可能にしました。同時に「新鮮な植物食に頼らなくてもすむようになった」ために、ビタミンC不足という状態をもたらすことになったのです。その結果「「壊血病」という新しい病気を背負ってしまう」ことになったのです。これはヒトの進化と文明の進歩との乖離がもたらした典型的な新しい病気の例なのです。「文明の進歩はヒトが動物であることから抜け出せるほどの衝撃を持っていたが、身体はそれ以前と同じ動物のままだというところが文明病のジレンマ」だということなのです。
また「ヒトが進化によって獲得したものを検討してみると、それと同じくらい失ったものも多い(略)改良を基本とする進化は、つねに獲得と喪失というトレードオフが背中合わせに進む」という指摘も見逃すことはできません。二足歩行で失ったもの、つわりの意味するもの、さらに音声能力の獲得によって窒息(!)という危険も背負ったということなど、進化というものが私たちにもたらしてたものも忘れてはならないと思います。
進化はよく知られているように感染症(ウイルス)の病原体でも起きています。どちらも生き抜くための最適化を追求している病原体とヒトの永遠の競争を思わせます。
栃内さんはまた老化について興味深い観点を提供しています。
「生殖細胞の系列を考えると、生命の発生から三八億年間、一度も死んでいないわけでまさに不老不死である。そう考えると、老化して死んでいくのはあくまでも、ヒトという個体レベルでのことであって、生殖細胞には老化というものがないと考えられる」
「親による子育てと次世代への資源の譲渡を両立させるために、いっせいにではなく時間をかけた世代交代を行うためのしくみとして老化(と死亡)あると考えると、うまく説明がつく。さらに、幸運にも長生きをした祖父母が孫の保護と育成に参加することで、老齢個体が子孫の生存に貢献するという積極的意義も生じる。こうした絶妙なバランスの上に成り立っているのが、ヒトという生物の生き方なのだろう」
ここにある種の希望を感じるのはあながち間違いではないように思うのですが。
豊富な図解に導かれながらダーウィン医学の魅力を深く感じ取れた一冊でした。
レビュアー
編集者とデザイナーによる覆面書籍レビュー・ユニット。日々喫茶店で珈琲啜りながら、読んだ本の話をしています。
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