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息苦しい社会を産み出しているのは誰なのか、なにが私たちを駆り立てているのだろうか
(著:池上正樹)
なんと息苦しい社会(現代)に私たちは生きているのでしょうか。いつの間にか自分が生き抜くことだけを考えてしまう……。それは何かに生き方を強いられる(あるいは自分でその道を選ばされてしまう)ことでもあるのだと思います。その結果、本人がどう思おうと、生き抜くことが勝ちにつながり、それは他方で負ける人たちを自然と生み出すことになります。 そこでは個人(個性)は勝つことの中に吸収され、本来の多様性を失ってしまっているのではないでしょうか。
「ある当事者が、「社会から慈悲の心が消えた」と話していたことが印象に残った。周囲は、当事者たちの気持ちにどこまで寄り添えていたのだろうか。ただ、周囲が自らの経験に裏打ちされた期待や価値観を一方的に押しつけていただけではないのか。ひきこもり問題をつくりだしている要因は、組織(企業)や社会構造の側にある。つまり、自分たちがひきこもり当事者たちをつくり出していることを、組織の中にいる多くの人たちは、気づいていない」
丁寧な対話、調査で行き着いた果ての池上さんのこの言葉はとても重いものだと思います。
「自己責任論が声高に叫ばれる昨今、他者に迷惑をかけてはいけないという規範性の中で、気のやさしい人たちがいつのまにか社会の隅に追いやられている」
「ファミリーのような職場の人間関係が、これまでの日本企業を支えてきた。しかし終身雇用システムが崩壊し、年俸制が導入され、企業の合理化・リストラが進んだ」結果、「成果主義の流れがこれまでの個々のつながりを寸断し、同僚や部下を気遣うサポート体制も崩れてしまった」という声を取り上げています。
この労働の流動化はもうひとつの落とし穴を作っています。それは、ひとたび退職すると、求職者にとって肝心な働きをしなければならないはずのハローワークがまったくといっていいほど頼りにならないということです。ハローワーク自体が労働市場の波に襲われ、実質的に機能不全になっているのです。(ハローワークの担当者との間の不毛と言ってしまいたくなるような体験者のやりとり読むにつれてその思いは強くなる異っぽうです)ここにはセーフティ・ネットなどというものはかけらも見られません。
池上さんはひきこもりに対して、多面的にその原因を取り上げて社会・家族的な環境要因だけでなく医学的な要因をも取り上げています。後者については緘黙症、自閉症、慢性疲労症候群等を取り上げ、それらのメカニズムに対して現在の医学がどのようにアプローチしているのか、その治療法としてどのような方法がとられているのかもわかりやすく紹介しています。
そして「ひきこもる人々は「外に出る理由」を探している」と題された章では、ひきこもり当事者に対して私たちはどのように接するのがいいのか、実際に行われている活動を取り上げています。
そこにある種の希望を持ちながらも、池上さんが最後に記したのが冒頭の言葉だということに、この問題の深刻さがあるように思えてなりません。
そもそも「ひきこもり」という言葉の主体はなんでしょうか。当事者はそのような状態を望んでいないのなら「ひきこもり」という言葉はふさわしくないのではないでしょうか。言葉はあるものを定義づけます。けれど、時にはある事柄が定義づけるられることで何かを取りこぼし、問題の本質から私たちの目をそらされるようにも働くことがあるのではないでしょうか。本来は「ひきこもり/ひきこもらせ」というように考えなければならないのではないかと思います。誰が(どんなシステムが)彼ら、彼女らをひきこもらせているのでしょう。なぜこんな息苦しい社会を作ってしまったのか、この社会をどのようにすれば深く大きく息を吸える社会にできるのか、今考えなければならないのではないでしょうか。
「個人がムリして社会に合わせるのではなく、社会のほうから当事者たちに歩み寄り、多様な生き方、柔軟な働き方に合わせなければいけない時代がやって来たのだと思う」
偏在化し続けているのは富だけではありません。疎外感もまた偏在化し続けようとしているのではないでしょうか。「当事者たちはいう。「外へ出ろ」と言われても、いったい、この社会のどこへ行けばいいのか」。そのような社会が幸福であるはずはないと思うのですが……。(強いられた生き方しかできない、選べない生活、それが生権力というものなのでしょうか)
レビュアー
編集者とデザイナーによる覆面書籍レビュー・ユニット。日々喫茶店で珈琲啜りながら、読んだ本の話をしています。
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