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湿っぽさなど少しもない語り口、それが豪の者であり、無頼というものなのではないでしょうか

2014.09.24
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「大体、エッセイというものは人生とか、真理を追究するものではないと思っている。また、文学でも大衆文学でもない。読者の人生に対する好奇心をくすぐるのが目的だけの単なる娯楽感想文だと思っている」
という団鬼六さんの文章で結ばれている本ですが、こちらの好奇心をくすぐるだけなんてものではまったくありませんでした。

軍需工場での勤労動員に狩り出された団少年は、将棋をきっかけにアメリカ軍の捕虜と親しくなります。団さんたちが指す将棋を見ていた彼らに「ジャパニーズ・チェス」といって話しかけたのがきっかけでした。将棋のコマ動きをチェスになぞらえて捕虜たちに教えたのです。アメリカ人の持つ陽気さにもひかれ、軍事教官の目を盗んで日増しに親しくなっていきました。コッペパンの残りをあげるとうれしそうにほほえむ捕虜たち。そのお返しというわけでもないでしょうか、英語を習う少年たち。2ヵ月近く過ぎたある日、団少年たちは山の開墾作業へと動員先が変わりました。その十日ほど後、工場は米軍の大空襲にあってしまいます。捕虜たちはその空爆にあってしまったのです。大空襲から2ヵ月に日本は終戦を迎えました。廃墟となった工場を訪ねた団さんたちが目にしたものは瓦礫の中にあった折り畳み将棋盤でした。捕虜たちと遊んだものだったのです。
「彼等は爆死する寸前までこのジャパニーズ・チェスで仲間同士、束の間の娯楽を必死に味わっていたのではないか、そう思うと急に私も胸を緊めつけられて来た」

そんななんともやりきれない思い出を綴ることからこの本は始まります。そこから先の団さんの生き方には〈豪の者〉としか言いようのないものだったようです。ようです、と言ったのはこの本が自伝風に年代順にまとめられたものとはいえ、団さん自身の自分語りが全面に出ているものではないからです。ボクサー出身のコメディアン、たこ八郎を語り、貧窮の中で迎えた大晦日に出会った将棋指し、ひいきの力士、飲み屋で知り合った応援団の大学生と牛丼屋で再会した話など、その時々の団さんの生活の姿はうかがえるものの、書かれているのは出会った彼ら彼女たちの話なのです。

くっきりと描かれた登場人物たち、ときにそれは団さんを怒らせ、あきれさせ、また喜ばせたり、少し迷惑加減な親切を団さんにしたりするのです。そのどのやりとりも団さんの達人技を感じさせるものです。〈豪の者〉の面目躍如たるものがあります。この本の各所で感じる団さんの喜怒哀楽のたたずまいには余人には決してまねのできないきっぱりとした何かを私たちに感じさせるのです。それを団鬼六の美学と言ってしますと少し違うような気がします。「情緒について」「くず屋さん」そして「養老酒場」と題したエッセイの中にあるのは〈潔く人であろうとする姿〉とでも言うしかないような気がするのです。それこそが〈無頼の血〉なのではないでしょうか。

湿っぽい自分語りなどしなくても、自分の見たもの(感じたもの)を書けば自ずと自分というものを浮かび上がらせることができる。自分が出会ったものはこの通りだったのだよ、と過不足なく語れる男のすばらしいエッセイだと思います。
そして阿川佐和子さんの推薦の言葉(帯の文章)が、またすばらしいものです。
「SM作家、団鬼六。その字面だけに怯え、なんと私は人生を損したことか。こんなに品良く優しくユーモアを描けるいいオトコになら、縄で縛り上げられても文句は言いません」(阿川佐和子さん)
後はただ本を開いてください。最後のページまで私たちを心地よく誘ってくれると思います。

レビュアー

野中幸宏

編集者とデザイナーによる覆面書籍レビュー・ユニット。日々喫茶店で珈琲啜りながら、読んだ本の話をしています。

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