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だれもが世界の悪意を引き受けなければならない時がある。
本書は綾辻行人さんの「館シリーズ」の第4作目に数えられる作品。「館シリーズ」とは、奇妙な癖を持った建築家、中村青司の建てた館にまつわるミステリのシリーズである。この建築家は、自ら設計した館に奇妙なからくりを、時には依頼主の意図に沿って、時には依頼主にさえ秘密にして施工していた。
第1作は1987年に、講談社ノベルズとして刊行された『十角館の殺人』。本土と孤島のふたつの館で進行するミステリであり、「新本格」ブームを牽引する歴史的な作品となった。
続く第2作は『水車館の殺人』。岡山県の山奥に建てられた水車館が舞台。岡山県という設定といい、ゴムのマスクをかぶった登場人物といい、横溝正史氏の作品へのオマージュを感じさせるところがある作品だった。
そして第3作は『迷路館の殺人』。ある富豪の遺言によって、4人のミステリ作家が迷路館の中で競作に入る、という作品だった。もちろん、作家たちは、創作に励むうちに殺されていくことになる。
そして第4作となるのが1989年に刊行された本書、『人形館の殺人』である。
本書は「館シリーズ」の中でも、異色の作品とされている。確かに、建築家、中村青司やシリーズを通して探偵役を務める島田潔のかかわり方が他の作品とは少し違う。
本書の舞台は京都。物語の中心的な語り手となるのは、父の残した家に、静岡県から、育ての母とともに引っ越してきた画家、飛竜想一。彼は長い入院生活を経て、新しい環境に移転してきたのだった。
自殺してしまった父の残した邸宅は一風変わっていて、和風の棟は賃貸アパートとして貸し出している。洋風の母屋には、やはり芸術家だった父が残した、顔のないマネキン人形が何体も残されている。しかもそのマネキンは、遺言によって移動を禁じられていた。 物語は想一の一人称叙述で進む。現実に対する奇妙な違和感に囚われる想一。だが、その正体がつかめないうちに、世界のどこかで彼に対する悪意が目覚め、彼を追い詰めはじめる。
上に書いたように第一作『十角館の殺人』の殺人は、新本格ブームを巻き起こした名作として知られる。本書はそうした潮流に対して「異色」とも言われたのだが、だがむしろ現代になってみると、本書の試みは、善と悪はもとより、他者と自己の境界すら曖昧になり、犯行を追うためには「追うものは追われるものの最大の理解者になり、追われるものも追うものに愛情さえ覚える」という、後にこの分野で一種の“定番”となった感覚の、先駆的な作品だった。
優れた創作者とは、時にひとつの作品の中にその分野が進むべき方向を凝縮した作品を生み出すものだが、「新本格ブーム」を巻き起こした作品群の中に入れ子となって、異なる方向性も指し示していたとは、さすがというか凄いというほかはない。
レビュアー
1969年、大阪府生まれ。作家。著書に『萌え萌えジャパン』『人とロボットの秘密』『スゴい雑誌』『僕とツンデレとハイデガー』『オッサンフォー』など。「作家が自分たちで作る電子書籍」『AiR』の編集人。現在「ITmediaニュース」「講談社BOX-AiR」でコラムを、一迅社「Comic Rex」で漫画原作(早茅野うるて名義/『リア充なんか怖くない』漫画・六堂秀哉)を連載中(近日単行本刊行)。
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