『○○○○○○○○殺人事件』は、森博嗣や西尾維新など人気売れっ子作家を多数輩出してきたメフィスト賞の、記念すべき第五十回目の受賞作品です。奇を衒(てら)ったタイトルはもちろん、小生意気そうな赤毛の二次元美少女キャラクターが猫のような目つきで振り返り、舌をちょこんと突き出しているライトノベル風の表紙が目を惹きます。
そのノベルス本裏側の紹介文には、こんな注意書きがあります。
(真相とタイトルが分かっても、決して人には話さないでください)
要するに本書は「タイトル当て」小説でもあるのです。本文中、著者が真っ先に持ってきた「読者への挑戦」では、「○が○のまま残った本書のようなタイトルは前例がないのではないかと自負している」と書かれていて、おそらくはその通りなのでしょう。
もっとも、僕は「タイトル当て」にはさしたる関心を抱かぬまま本書を読み進めました。それは読了するまで変わることなく、少なくとも僕にとっての『○○○○○○○○殺人事件』の面白さや凄味は「タイトル当て」ではありませんでした。
では、『○○○○○○○○殺人事件』の凄味とはなんなのか?
それは――言えません!
言えないから、もどかしい。本格ミステリ作品には往々にして説明しづらいものがありますが、まさしく本書がそうなのです。
率直に言ってレビューを書きづらい作品。でも、僕はどうしても、このとんでもなく個性的な前代未聞の作品を紹介したかった。それぐらい『○○○○○○○○殺人事件』の衝撃は凄まじかったのです。
コメディタッチの本作は文章もライトノベル風に軽やかで、ぐいぐい読み進めることができます。個人的には傑作と呼んでなんら問題なし。このとてつもなく珍奇な作品を見出し(誉めてます)、世に出そうと決断したメフィスト編集部の慧眼には感服するしかないほどです(本当です)。
おそらく本作を江戸川乱歩賞や横溝正史ミステリ大賞や松本清張賞に応募しても受賞は難しかったでしょう。「面白ければ本にしてくれる」メフィストだからこそ世に出た傑作に違いない。言うなれば、それぐらい個性が強すぎて、好き嫌いの分かれる作品でもあるということです。
こんなことを書くと、どういうところで好き嫌いが分かれるのか、買うかどうかの参考にしようとして訊きたがる人がいるでしょう。わかります。当然です。しかし……好き嫌いが分かれるポイントは言えません!
すまん!
肝心なことは何も書かないレビューで本当に申し訳ないのですが、あれこれ調子に乗って書いてしまうと、たぶんこの作品の面白さが半減してしまう。おそらく本作はなんの情報も得ずに読むべきなのです。もうすでに「書きすぎた」とさえ思っているほどです。
本作の語り手は、区役所職員の沖健太郎。その沖が片想いしている大学院生に、アウトドア派のフリーライター。そのフリーライターの同伴者である女子高生、仮面を被った孤島の所有者など、登場人物たちはみんな個性的であり、物語の舞台である小笠原諸島の孤島では失踪者が出て、殺人事件まで発生します。
物語の説明も、たぶんこれぐらいでちょうどいい。というか、これ以上は何も書きたくない。
ちなみに著者の早坂さんは、メフィストのホームページで「受賞を知ったとき、最初に思ったことは? その後、まずしたことは?」との質問に対し、「初恋の人に自慢しようと思いました。しかしその後自作を読み返して、やっぱりやめようと思い直しました」と答えています。
なるほど……。
本作の熱烈なファンである僕も、確かに好きな人にだけはお薦めしないかも。『○○○○○○○○殺人事件』はそんな作品です。是非、ご一読を!
レビュアー
小説家志望の1983年夏生まれ。2014年にレッドコメットのユーザー名で、美貌の女性監督がJ1の名門クラブを指揮するサッカー小説『東京三鷹ユナイテッド』を講談社のコミュニティサイトに掲載。愛するクラブはマンチェスター・ユナイテッド。書評も書きます。