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「歴史小説は感動を書くものだといわれる。そうだとすれば自分の魂をゆさぶった人物を書くべきであろう」
古代中国を舞台にした滋味あふれる大河小説を書き続けている宮城谷さんのエッセイ集です。これは小著とはいえ、宮城谷さんのエッセンスが詰まった一冊です。第一章で簡潔で軽やかに綴った春秋の君主たちはそれぞれが長編小説の主人公として語れるほどの人物だと思います。それを一筆書きのように姿明瞭に描いてみせる。取り上げた君主たちとの距離の取り方、情愛の傾け方、悲劇・喜劇の語り方の絶妙さは曰く言いがたいほどの素晴らしさです。
宮城谷さんのこの姿勢は一貫したもので、敬愛する司馬遼太郎さんとの最初で最後の出会いの時のこと、薫陶をうけた白川静さんを語るところにも現れています。このような現代の実在の人物たちとの出会いかたの姿そのままで宮城谷さんは古代中国の人物たちと出会っているのでしょう。きっとそれが宮城谷さんの小説にふくよかな滋味をもたらしているのだと思います。
野心と題された一文から始まる第三章では宮城谷さんの思い出、音楽への深い愛情などが取り上げられています。それは生身の宮城谷さんが目の前で私たちに語りかけているように感じられてなりません。こういうところにも著者の大河小説から読者が感じる魅力の秘密の片鱗がうかがえるようです。
もちろんこの一冊で宮城谷さんの全てを知ることはできません。エッセンスはエッセンスに過ぎないのですから、やはり私たちは宮城谷さんのロマンの大河に身を浸すべきなのでしょう。
「歴史小説は感動を書くものだといわれる。そうだとすれば自分の魂をゆさぶった人物を書くべきであろう」という宮城谷さんは、逆に言えば三千年前の人物たちの生き方にゆさぶれる魂を持っている人だということです。この魂こそが、ややもすれば未来と現世ばかりを語りがちになる現代人へ警鐘を鳴らし、現代への穏やかだけれど鋭い批判を生んでいるのではないでしょうか。
歴史(小説)はいたずらに現代人を鼓舞したり正当化するものではないでしょう。それは、自分たちの位置と方向を冷静にはかる羅針盤のようなものなのではないでしょうか。そんなことを感じさせる一冊だと思います。
レビュアー
編集者とデザイナーによる覆面書籍レビュー・ユニット。日々喫茶店で珈琲啜りながら、読んだ本の話をしています。
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