誠実な挑戦の書、である。なにせ冒頭からしてふるっている。
本書は、DNAに関する本だから教科書的かと思いきや、じつはその内容はまったく教科書的ではない。
著者である僕としては、DNAに関するこれまでの常識をひっくり返そうというくらいの気概をもって書いた本だから、DNAのことをご存じない方や、この本を取っかかりにして勉強しようぜ、という方にとっては、最初からおかしな本を読まされることによってDNAに対する大いなる誤解を招きかねない“恐ろしい本”になっている可能性がある。
こう宣言した上で著者は、DNAについての基本的な事項を挙げ、「教科書的な」内容をまんべんなく伝えるところからスタートする。初心者をおいてけぼりにしない心遣いが感じられるし、あやふやだった知識がしっかり復習できるのも嬉しい。ちなみにDNAとは「デオキシリボ核酸」の略称であり、よく知られているとおり「二重らせん」の構造を持つ。組成の異なるRNA(リボ核酸)とともに、細胞核内に存在している。
DNAとは、生物や一部のウイルス(DNAウイルス)に特有の、いわゆる生物の〈設計図〉の一つであり、通常はタンパク質をつくるための情報、そしてRNAをつくるための情報を担う物質である。こうしたタンパク質やRNAをつくるための情報は「遺伝子」とよばれ、DNAはその「本体である」といわれる。
ここから著者はDNAの果たす役割について、現在までに判明している研究成果を基に、その誕生から進化の流れを追いながら、いくつもの疑問や謎と向き合うことで、「DNAとはなにか」について考えを深めていく。
本書は3部構成となっている。前述の通り、第1部ではDNAの構造や性質、複製の仕組みに触れながら、RNAの役割について「引き継がれる」ことを軸に解説が進む。第1部の締めでも、著者は誠実だ。
しかし、それだけで終わったのでは、この本を読んでいただく意味がない。
つまり、この先の第2部と第3部で語られる内容こそが、じつはDNAの“真骨頂”なのだ。
ここで読み終わっちゃあ、後悔しますぞ。
こちらをあおるような言葉に、思わず笑ってしまった。そして内心で「もちろん最後まで読みますとも!」と、元気よく答えた。本書中には他にも、著者のユーモアあふれるぼやきやツッコミ、心の声があふれている。専門的な内容に頭が追いつかなくなった時、少し息抜きしたくなった時にそういった一言を目にしては、肩の力を抜いて読み進めることができた。
著者は1998年に名古屋大学大学院医学研究科を修了した医学博士で、同大学の助手等を経た後、現在は東京理科大学の教授を務めている。巨大ウイルス学や生物教育学、分子生物学、細胞進化学を専門としており、これまでに多数の著書を発表してきた。本書は2020年に刊行された『細胞とはなんだろう』(講談社ブルーバックス)に続く、「なんだろう」シリーズの第2弾に当たるそうだ。
ウイルスとDNAの、関係性と可能性
さて、本書の“真骨頂”たる第2部ではDNAの「変化」が、第3部ではDNAの「ふるまい(動き)」が、それぞれテーマとなっている。DNAに生じる突然変異のしくみと影響、進化、そしてDNAがこれまで持っていたイメージの打破と「細胞の外」で存在するDNAの話が、丁寧ながらどんどんと熱を帯びて語られていく。特に第7章で展開される、生物のDNAとウイルスとの関係が興味深い。
生物であることの条件は「①細胞からできていること、②自立して代謝をおこなうこと、③自立して自己複製をおこなうこと」だという。これらの条件に、ウイルスは当てはまらない。しかし著者は、ウイルスがDNAを持つことから「自己複製機能を保持している」と考え、「ウイルスは『生物』ではない。しかし、『生命体』ではある、と僕は思っている」と述べる。
そもそもウイルスは生物以上に遺伝子を複製する機会が多く、突然変異を生じることも多々ある。その特性から著者は、ウイルスが「RNAからDNAをつくることができた可能性がある」とした上で、原始地球で起きた進化に思いを馳せる。
RNAからDNAがつくられるためには、チミンをつくる「チミジル酸合成酵素」と、デオキシリボースをつくる「リボヌクレオチド還元酵素」の遺伝子が、それぞれ進化する必要がある。これらを進化させるのに成功したのは、細胞ではなく、より変異機会の豊富なウイルスだったのではないか。
そうしてウイルスが〈開発〉したDNAは、宿主である細胞にウイルスが感染するうちに感染先の細胞へと〈輸出〉され、遺伝子としての安定さではRNAを格段に上回っていたDNAが、やがて細胞、そして生物のゲノムとして採用されたのではないか。
ウイルス研究を専門とする、著者ならではの視点を感じてハッとした。なるほど、これは確かに刺激的……!
DNAについて、その全容が明かされるまでには、きっとまだまだ時間がかかる。しかし本書のように、一味違った角度からその成果を知ることができるのは、固定観念を打ち破る意味でも貴重な機会となるだろう。著者の語り口を含めて、大いに楽しんでほしい。
レビュアー
元書店員。在職中より、マンガ大賞の設立・運営を行ってきた。現在は女性漫画家(クリエイター)のマネジメント会社である、(株)スピカワークスの広報として働いている。