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【感動の実話】60歳を過ぎてから夜間中学で読み書きを習った。ラブレターを書くために──。

35年目のラブレター
(著:小倉 孝保)
2024.05.29
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学校に弁当を持っていけず、汚れた古着で登校すると、級友や先生の嫌がらせに遭った。通学をあきらめ、文字を知らないまま大人になった。
日本料理の板前として夢中で働きながらも、読み書きできないことが、生きる上での障壁となった。注文やメモができず、怖くて出前の電話に出られない。街頭署名や職場の寄せ書きを避け、通夜や告別式からは足が遠のいた。記帳ができないからだ。役所へ文書を出す際は、手のけがを装い、代筆を頼んだ。選挙では白票を投じるしかなかった。
「読み書きができない者は一人前の人間と認めてもらえない」。そう感じながら布団の中で涙したのも一度や二度ではない。

読み書きができるようになったら、苦労をかけた妻に手紙を書きたい――

主人公は、昭和11年生まれの西畑保さん。
幼い時分に母を亡くし、血の繋がらない父親に育てられた。貧しさのせいで級友や教師から差別され、泥棒の濡れ衣も着せられたことで、小学2年生の前半で通学を諦める。そのため、漢字どころかひらがな、カタカナの読み書きすら満足に学べないまま、大きくなっていく。
10代前半より飲食店で働き始め、ほどなく料理人として独り立ちする。しかし読み書きができない状態は続き、仕事のうえでも日常生活でも「自分は一人前の人間ではない」という引け目の中で人生を送り続けた。
35歳で伴侶を得るが、最愛の妻にも自身が読み書きできないことは隠し続けていた。バレてしまったら呆れられ、捨てられる。そんな恐怖心が捨てきれなかった。

ついに妻にバレてしまった日、絶望の中にいる西畑さんに、妻の皎子(きょうこ)さんが語りかける。

「何で言うてくれへんかったん? 言うてくれたら、私が手伝えることもあったやんか。それが夫婦と違うの? 苦しい時に助け合うのが夫婦やんか」
「怖かった。ほんまに怖かったんや。皎ちゃんに嫌われるのが、死ぬほど怖かった」
「それを心配していたの? 全然気がつかんかったわ。ごめんな。ごめんやで。今までようがまんしたな。もう苦しまんといてね」
妻の目がうるんでいる。

結婚以来、嬉しいときも悲しいときも、西畑さんの心に常に引っかかっていたモヤモヤが晴れ、明るい光が差した瞬間だった。とはいえ、それ以降も積年の文字に対する拒否反応からか、大人になってから読み書きを勉強することは容易ではなかった。

そこから年月は過ぎ、還暦から4年が過ぎたころ。西畑さんは勤務していた寿司店を退職する直前に、夜間中学の存在を知る。
読み書きができないために一人前扱いされないまま終わるのは、あまりに悔しく、寂しい。
そして読み書きができるようになったら、苦労をかけた妻に手紙を書きたい――。

理不尽に損なわれていた“人生の誇り”を取り戻す物語

戦前戦中を生きた人々の中には、貧困や社会的な混乱のため、学校教育を受けられない人は少なくなかった。本作はそんな人のうちの一人、西畑さんが、その境遇から受けたさまざまな差別や不遇にときに涙し、ときに優しい周囲の人たちに助けられつつ、明るさを失わずに必死に生き続けた人生の一部始終が描かれている。
 
幼いころの唯一の友人だった「みなとの兄ちゃん」との悲しすぎる別れ。
貧乏かつ不愛想ながら、血の繋がらない自分を育ててくれた父。
料理人として働くなかで、読み書きができない自分を見下してきた先輩と、ひそかに助けてくれた同僚たち。
冠婚葬祭の記帳時や、友人の死亡事故に関わって警察のお世話になったとき、転居、結婚、出産など役所にさまざまな届け出を出さなければいけない場面で、読み書きができないことを隠すために幾度となく冷や汗を掻いてきたその姿。
そして最愛の妻にもそのことを隠し続けてきた中で、それが発覚した時の絶望感と、妻の深い愛情に救われた瞬間。
その後、「夜間中学」に出会い、齢60を超えて読み書きを習おうと決意。それは最愛の妻に、手紙という形で深い感謝を伝えるためだった――。

西畑さんの人生を基に作られた創作落語『生きた先に』は、上方落語の笑福亭鉄瓶さんにより、2021年から高座にかけられている。本作の中には、その落語を作り上げていく過程で西畑さんの人生に丁寧に寄り添った鉄瓶さんの、印象深い言葉が収められていた。

「つくづく思いました。『よう、この人、まともな人生を歩んできたな』と。あれほどの体験です。普通はコンプライアンスに反するような人間になるか、自死ですわ」

本作を読んではじめに思い出したのは、山田洋次監督による名作邦画『学校』(1993年)だ。東京・下町の夜間中学校を舞台に、年齢も性別も境遇も異なるさまざまな事情を抱えた生徒たちが、それぞれの背負う人生を泳ぎ続ける群像劇。
社会的には「まとも」の枠から外れてしまったように見える人たちが、諦めかけていた「学ぶ喜び」を知り、同時にこれまでの人生で社会に対して感じてきた引け目、背負ってきた業を少しずつ言葉にし、仲間と共有することで、人生における救いを得ていく姿が描かれている。当然ながら、本作における夜間中学の描写も、それに近しいものを感じた。

毎日新聞の論説委員である著者・小倉孝保さんにより、西畑さん本人、およびその周辺の方々への丹念な取材をもとに書き上げられた本作。西畑さんの人生を理解するうえで重要な時代背景もしっかりと描写されており、本人の記憶のみならずさまざまな公的記録や派生的な取材対象にも、丁寧に当たっていることが伝わってくる。

描かれている西畑さんの半生からさまざまな学びを得ると同時に、私自身、それこそ西畑さんとほぼ同年代である自分の両親の人生に対しても、ここまで丁寧に寄り添おうと考えたことすらなかったことに不意に気づかされ、愕然としてしまった。

幼いころから不遇な西畑さんの人生を支え、陰に日向に助けてくれた周囲の人々。
出会って以来、お互いにお互いの人生に寄り添い続けた西畑さんと、妻・皎子さん。 
そんな西畑さんの人生に寄り添った落語家の笑福亭鉄瓶さんや、小倉孝保さん。
誰かの人生に優しく寄り添おうとする、その姿は美しい。

本作は2025年3月、笑福亭鶴瓶師匠、原田知世さんの出演で映画化されるとのこと。
親と映画鑑賞など、それこそ子どものころ以来だが、両親とともに観に行きたいと思う。

  • 電子あり
『35年目のラブレター』書影
著:小倉 孝保

2025年3月7日 全国劇場公開される感動の実話が、一冊のノンフィクションに――。

今年(2024年)、米寿を迎えた西畑保さんは、奈良県に住んでいます。
和歌山県の山間で生まれ育った西畑さんは、小学2年生の途中から学校に通っていません。山間で高値で売れる木の皮を集めて貯めたお金だったのに、小学校で落とした財布は自分のものだと名乗り出たら泥棒扱いされたのです。貧しい暮らしの西畑さんが、そんなお金を持っているはずがないと、クラスメートも教師も彼を責めました。その一件があってから、西畑さんは学校に行くのをやめました。
中学校に通う年齢になって働きに出た西畑さんですが、その人生につきまとったのは、「読み書きができないこと」でした。
つとめた飲食店では、電話で受けた注文の内容をメモに記すことができず、職場の先輩からは「字も読めないやつ」と差別的な扱いをされました。
劣等感を抱き、結婚なんて夢のまた夢とあきらめていた西畑さんのもとに、お見合いの話が舞い込みます。読み書きができないことを隠して結婚した西畑さんでしたが、町内の回覧板にサインができず、妻の皎子(きょうこ)さんの知るところとなります。その事実を知った皎子さんは、西畑さんにこう声をかけました。
「ずっと、つらい思いをしてきたんやろな」
子どもも生まれ、孫も生まれ、還暦を過ぎた西畑さんの日常に、ある変化が訪れます。64歳になって、夜間中学に通うことに決めたのです。それは、読み書きのできない自分に長年連れ添ってくれた妻に、感謝の気持ちを伝えるラブレターを書くためでした――。

西畑さんの人生からは、たくさんのメッセージが受け取れます。「明るく、前向きに生きる」、「自分の人生を他人や環境のせいにしない」、そして「学ぶのに遅すぎるということはない」――。そんな西畑さんに毎日新聞論説委員である小倉孝保氏が寄り添い、これまで西畑さんが見てきた風景、抱えてきた思いを一冊の書籍にまとめました。それが『35年目のラブレター』です。

【映画化情報】
「35年目のラブレター」
2025年3月7日(金) 全国劇場公開
出演:笑福亭鶴瓶、原田知世 他  監督・脚本:塚本連平

レビュアー

奥津圭介 イメージ
奥津圭介

編集者/ライター。1975年生まれ。一橋大学法学部卒。某損害保険会社勤務を経て、フリーランス・ライターとして独立。ビジネス書、実用書から野球関連の単行本、マンガ・映画の公式ガイドなどを中心に編集・執筆。著書に『中間管理録トネガワの悪魔的人生相談』、『マンガでわかるビジネス統計超入門』(講談社刊)。

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