今日のおすすめ
(著:河本 薫)
あなたの会社はデータを使いこなせているか?
「ビッグデータ」という言葉の流行からすでに一○年以上経ちます。その間、「データサイエンス」「機械学習」「IoT」「ディープラーニング」「生成AI」といった新たなブームが立て続けに起きています。それに歩調を合わせるように、企業はデータ基盤に投資し、データサイエンティストを採用し、外部コンサルにAI案件を発注し、さらに、データ・AI活用の全社的な推進を担う組織(≒DX〈デジタルトランスフォーメーション〉推進組織)まで設けてきました。
データ分析やAI活用はとてもはやっていて、多くの企業で採用されています。本書は、その流行も一因となって出版された、データドリブン・カンパニー――データ分析やAI活用がビジネスに大きなプラスをもたらした企業――の担当者へのインタビュー集です。
著者は「データサイエンティスト・オブ・ザ・イヤー」の初代受賞者であり、このジャンルに草創期からかかわってきた方です。本書はいわば成功事例を集めた本ですから、みずからの業績を誇る書、あるいは喜びに満ちた凱歌の書であってしかるべきなのですが、著者の浮かない顔からはじまっています。
きっと、あなたの身の回りには、データやAIと呼ばれるものが増えて、あなた自身もデータを見たり分析したりすることも増えたでしょう。でも、それで仕事のやり方は本当に変わりましたか? 単に新しいことが「わかる」だけで、仕事に「役立つ」に至っていないのではないでしょうか?
データドリブン・カンパニーなんかほとんどないじゃないか。カンチガイばかりじゃないか。
長いことここに注力してきた方だからこそ感じる、深い失望が語られています。
「アイスキャンディは夏場に売れる」
データ分析という手法が世界的に有名になったころ、よく語られた笑い話に、次のようなものがあります。
あるデータサイエンティストが、長い時間をかけてデータ分析を行い、その結果を報告した。「アイスキャンディは夏場に大いに売れるとわかりました。ほかの季節よりずっと多いです」
ここまではなはだしいのは少ないでしょうが、これと五十歩百歩な分析結果を聞いたことがある方も多いのではないでしょうか。データサイエンティストの目がきいて、現場では誰も気づけなかった傾向を報告してくれることもあるかもしれませんが、「だから何?」となることも少なくありません。
どうしてこんなことになってしまうのか。理由は簡単です。データサイエンティストと、現場――売る人作る人との連携がまるでとれていないからです。
データサイエンティストはデータを読むプロですから、多くのデータをみごとに数値化し、グラフ化し、提供してくれます。しかし、現場が何を欲しているかはわかりません。どんなものが求められているかわからないから、「夏場にアイスキャンディが売れる」のような、しょうもない分析をしてしまうのです。一方で、どういうものが欲しいのか伝えない現場の責任もとても大きいと言えるでしょう。
著者の憂いは、本書を通じて幾度となく吐露されます。
データやAIといった道具を使いこなせれば、新たな仮説を発見したり、高精度な予測ができるようになるでしょう。でもそれは、新しいことが「わかる」だけであり、ビジネスに「役立つ」には至っていないのです。
データドリブン・カンパニーになるために
よく、霞が関批判としてタテ割り行政の弊害が語られます。
「○○省と××省は同じことをやっているじゃないか。競い合い、譲り合い、だからものごとは進まない。原資は税金なのに何をやっているんだ!」
もっともな批判です。しかし、これが見られるのは断じて霞が関ばかりではありません。一般企業にもよくあります。(自分はそれを、痛いほど感じた経験があります)
問題は「同じことをやっている」ことよりも、「競い合っている」ことにあるように思われます。
競争に勝利するために必要なのは、ものごとを秘密裏に進めることです。すなわち、部署間の風通しを「あえて」悪くする文化が、歴史ある企業であればあるほど根強く存在します。
それじゃダメなんだ。
本書はそう主張します。
データやAIを活用するとは、これまでの仕事のやり方やビジネスのやり方を変えることです。ざっくり言ってしまえば、人間の勘と経験に頼っていたやり方を、より合理的に、より効率的に、より全体最適なやり方に「変える」と言うことです。
これが簡単なことではないことは、リアルに想像できた人ほど(自分のいる場所と関連づけて考えられた人ほど)了解できるでしょう。空気感、忖度(そんたく)、同調圧力、損得勘定。変えたくない国民性。理由はいくつも掲げられますが、要するに「組織変革はとてもむずかしい」のです。いったいいくつの山を越えねばならないのか、見当もつきません。著者も「これを克服する方法論は考えられない」と述懐しています。
また、本書では幾度となく述べられていますが、データ分析やAIをビジネスに役立てる(データドリブン・カンパニーとなる)ための正解は、企業ごとに異なります。仕事が異なるのだから当然でしょう。自分たちに何が向いているのか。何を欲しているのか。どう使うべきなのか。それは自分たちで導き出さなければなりません。あらゆる場所で正解になる方程式なんかないのです。
改めて、「データやAI技術を生かして業務効率化や新規ビジネス創出を行います」って文章を読んでみてください。主語もない、プロセスもない、理由も書かれていない。曖昧だと思いませんか? そんな曖昧な宣言からいきなり登場するアクションプラン。それも数値目標までつけて。甚だしい論理の飛躍だと思いませんか? もし何も違和感を持たないなら、あなたはかなりまずいかもしれません。私には、「やってる感」を醸し出すような作文をしているようにしか思えないです。
耳の痛いこともあるでしょう。良薬は口に苦いものです。その苦さを味わった者だけが大成する、といってもいいかもしれません。本書は、そのために大いなるヒントを提供してくれる一冊といえるでしょう。
高い金を払って新しい分析ソフトを入れたのに……
AIも導入したのに……
せっかくデータサイエンティストを雇ったのに……
DX推進部まで作ったのに……
なぜ、組織が変わらず、ビジネスにも生かせないのか?
あなたの会社、勘違いしていませんか?
いまやどの企業でも、データドリブンで仕事を進める、組織を変えていくというのは大きな課題といっても過言ではない。データ基盤にも多くの投資。しかしそれで組織が変わり、ビジネスに役立っている企業はどれくらいあるだろう?
社内外に何重にもそびえる壁をどのように乗り越え、あるいは壊して進んでいくのか?
実際に変革を進めるキーパーソンたちに話を聞くことで見えてきたデータドリブン・カンパニーへの道。
著者は、かつて大阪ガス(株)ビジネスアナリシスセンターを率い、同センターを日本一有名なデータ分析組織につくりあげ「データサイエンティスト・オブ・ザ・イヤー」を受賞。現在は滋賀大学データサイエンス学部教授として、ビジネス・データサイエンティストを養成。
企業との連携も深い著者だからこそ生まれた日本企業の明日を照らすヒント満載の一冊。
レビュアー
早稲田大学卒。元編集者。子ども向けプログラミングスクール「TENTO」前代表。著書に『メールはなぜ届くのか』『SNSって面白いの? 何が便利で、何が怖いのか』(講談社)。2013年より身体障害者。
1000年以上前の日本文学を現代日本語に翻訳し同時にそれを英訳して世界に発信する「『今昔物語集』現代語訳プロジェクト」を主宰。
https://hon-yak.net/
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