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世界で真っ先に飢える国は日本!?  いま日本に必要なのは武器よりも農業だ。

2023.12.15
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絶望的な日本の食料自給率

「このままでは飢える!」とは、穏やかじゃない。日本の食料自給率はカロリーベースで38%だと言われている。確かに頼りない数字だが「それは、それだけ食料を世界から買える日本の豊かさの証しでしょ」「すべての輸入がストップしてもコメはある」くらいに考えていた……が、最近「ちょっと怪しくないか?」と思うことも多い。
とにかく物価が高くなった。おつかいを頼まれて、言われたモノを買ってくるだけでも、小麦粉、油、調味料の類の値上がりは実感する。円安のせい、ウクライナ戦争のせい、いろいろ原因はあるのだろうが、食料自給率の前に家計のほうが干上がりそうだ。

こうした食料品の高騰について、東京大学大学院教授で著者の鈴木宣弘は「世界の食料は『クワトロ・ショック』と呼ぶ4つの危機に見舞われている」と主張する。
(1)コロナ禍による物流の停滞
(2)中国による食料の「爆買い」
(3)異常気象による世界的な不作
(4)ウクライナ戦争の勃発
これからも日本は食料を安定的に確保できるのか?
著者は「このままでは飢える」とする3つの大きな要因を挙げる。

ひとつは世界状況、環境変化の外的要因だ。ウクライナ戦争をはじめ世界の対立関係が、日本の食料自給に与える大きな影響として肥料がある。

肥料には「窒素」「リン酸」「カリウム」という三要素があり、日本はそれらの原料について、ほぼ100%海外からの輸入に依存している。

その大口輸入先は中国、ロシア、ベラルーシだ。「お金を出せば買える」という考え方は、緊張が続く世界で通用しない。

さらに著者が痛烈に批判するのが、「長年にわたって日本の政府が続けてきたいいかげんな農政」だ。そもそも「日本の食料自給率は38%」という数字さえインチキだという。

最終生産物としての食料自給率が38%でも、その元となる種や肥料まで考慮すると、自給率の姿は激変する。
たとえば、野菜。農水省の公表データによると、野菜の2020年の自給率は80%だが、その野菜の種をどこから手配しているかというと、ほとんどが海外からだ。国内で自給できている種はわずか10%にすぎない。

いい加減な数字で「大丈夫、まだ大丈夫」と宣伝し、農産物の輸入自由化を推し進め、農家の力を削ぎ落としてきたツケは大きい。

また、農産物の価格決定権を大手小売チェーンが握っているという流通の問題も指摘される。そのため日本の農業は構造的に儲からないものになり、若者の農業離れや過疎化が加速した。

農業が衰退するということは、国民が飢える、ということだ。
国民が飢えて栄えた国など、歴史上、どこにもない。それどころか飢えが発生すれば、国が崩壊するか、革命が起きて政治体制が変わってきたのが人類の歴史である。

と著者は警鐘を鳴らす。

1億円プレイヤーが生まれた農業の光明

農政の転換を待っていては埒(らち)が明かない。この状況を変えるには、なにより農業を儲かるものにする必要がある。その光明となる農産物流通の仕組みが和歌山県にあるという。「野田モデル」と呼ばれる流通の仕組みを作り上げたのは、昭和30年代のスーパーマーケット創成期からスーパー事業に関わってきた野田忠氏。その仕組みの根幹となっているのが、「産直市場よってって」という農産物直売所の多店舗展開だ。

今や珍しくもない道の駅や産直市場。こうした農産物直売所の大きな特徴は、生産者が直接農産物を卸し、値段を付けることにあるが、そのほとんどが個店か2~3店舗しか展開していないため儲けが小さい。しかし「産直市場よってって」は和歌山、奈良、大阪まで30店舗もあり、場所によっては業務スーパーやドラッグストアと連携し、商売敵のようにも思えるイオンにさえテナント出店している。

つまり、農家は生産量さえ確保できれば、「よってって」の店舗ネットワークの広がりに合わせて販売数量を増やすことができるのだ。

「産直市場よってって」は、売上高から一定の手数料と、他店に商品を転送した場合の配送手数料を受け取るだけ。売り切れの機会損失、売れ残りの在庫リスクは負わない。
生産者は、出荷量や値付けを考えて機会損失や在庫リスクを回避する必要があるが、最適化できれば既存流通に比べて2倍の粗利を得ることも可能。
消費者は、圧倒的に豊富な種類、サイズ、値段が異なる新鮮な農産物を選び、手頃な価格で買える。生産者の名前がわかる安心感も大きい。
農産物以外にも、近海で獲れた魚介類、地元メーカーの加工品、調味料など地産地消にこだわった商品が並ぶ。

・売り切れを気にするな。機会損失があっても構わない
・少しくらい野菜が曲がっていても販売できる
・同じ作物でも生産者によって値段はバラバラ
・売り場に同じ作物が多数並んでいてもいい

「産直市場よってって」の姿勢は、大手小売チェーンとは真逆。しかし、地産地消、廃棄食品を減らすSDGsへの取り組み、安心できる食材、なにより稼げる農業への転換に、これほどフィットするビジネスモデルはない。そんなビジネスモデルが、47都道府県のうち人口密度29位*の和歌山県で成立しているなら、全国で通用するのではないかと著者は言う。

本書を読んで、なにより消費者として「産直市場よってって」に行ってみたいと思った。一度、公式のインスタ(@yottette_official)を見てみてほしい。「産直市場よってって」の店舗の多くが1年で黒字化するのも頷ける。すごいよ、この品揃え! 熱いよ、生産者の思い!

*総務省「令和4年住民基本台帳人口」と国土地理院「令和5年全国都道府県市区町村別面積調」より算出
『このままでは飢える! 食料危機への処方箋「野田モデル」が日本を救う』書影
著:鈴木 宣弘

いま、日本の食料事情がかつてないほどの危機に瀕している。
そしてこう警告する「このままでは、間違いなく近い将来、日本を飢餓が襲う」と。
著者はこうした状況に至った主な4つの理由を「クワトロショック」と呼び、度々警鐘を鳴らしてきた。「クワトロショック」とは以下の通りだ。
(1)コロナ禍による物流の停滞
(2)中国による食料の「爆買い」
(3)異常気象による世界的な不作
(4)ウクライナ戦争の勃発
こうした地球規模ともいえる動向の変化は、ただでさえ厳しい状況下で生きる日本の農業従事者をさらなる苦境へと追こんだ。コロナ禍による物流の停滞は、生産物の価格上昇を招き、消費者の購買、消費を著しく低下させた。また、ロシアのウクライナ侵攻によって、現在の日本農業には欠かせない化学肥料の価格が高騰し、生産者の経済的負担を著しく悪化させた。経済の低迷によって購買力を低下させた日本は、農業生産物の購買はもとより、肥料、飼料などの農業資材、畜産資材の購買においても、中国の爆買いをはじめとして、国際競争力を失いつつある。
そして、近年続く異常気象によって壊滅的被害を被った生産者も数多い。こうした状況下、日本の農業従事者の数は右肩下がりに低下している。結果、日本の食料自給率はますます低下をつづける。「食」は生命の源だが、このままでは「食」を支える農業が成り立たなくなるのは火を見るよりも明らかだ。こうした日本農業の危機、それによって食料自給率の低下は、「日本の飢餓に直結する」と著者は警鐘を鳴らす。
本書において、こうした状況を招く要因となった戦後の米国の対日本戦略、近年の新自由主義者主導の「今だけ、金だけ、自分だけ」政策の問題点を明快、かつ構造的に抉り出す。そのうえで、この「食」をめぐる現代日本の状況をドラスティックに変えるシステムとして、和歌山で誕生した「野田モデル」をあげる。「野田モデル」は、生産者の利益を最優先しながら、消費者の購買志向に合わせた生産物を流通させるシステムで、これまでとはまったく異なる「直売所」である。この「野田モデル」は多くの生産者が抱えていた構造的問題打開の突破口となり、2002年第1号店設立以来、現在では和歌山県をはじめ奈良県、大阪府などで30店舗以上を展開している。農産物だけではなく水産物の取り扱いも開始した。現在では、関東エリアでの展開も始動しつつある。著者は、絶望的状況にある日本の食料事情において、その状況を救う確かな光明として位置付ける。
日本の「食」の危機と解決策を考えるうえで、最上の書といえる。

レビュアー

嶋津善之 イメージ
嶋津善之

関西出身、映画・漫画・小説から投資・不動産・テック系まで、なんでも対応するライター兼、編集者。座右の銘は「終わらない仕事はない」。

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