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学歴があれば「勝ち組」なのか? 日本社会をさまよう「新しい弱者」の正体

高学歴難民
(著:阿部 恭子)
2023.11.15
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「高学歴難民」という言葉についての私的考察

「参ったなぁ」というのが、この本を読んでの第一印象だ。

立派な学歴はあるけれど、いい歳になっても無職、もしくは貧困生活を送る「高学歴難民」。彼らの生々しい自分語りに、正直、心が沈んだ。そして「なるほどそういう状況になれば、そうなるわな。人間、そんなに強くないよ」と同情する気持ちと、「そうはいっても、それは自分が選択したわけでさ、その結果が今なわけでしょ。自分でなんとかしなさいよ」という気持ちが、ずっとデッドヒートを繰り広げている。

そもそも高学歴難民の人に対して、良いの、悪いの、かわいそうだの思う「私は何様だ?」って話だし、困っているからって手を差し伸べられるわけでもない。すべては当事者と、当事者に関わる人の問題ではないのか? じゃあ、ほっとけばいいのか? えっ、ほっとくの? じゃあ、どうすんの?

そもそも、「難民」とは紛争や人権侵害から住み慣れた故郷を追われ、逃れざるを得ない人びとのことだ。高学歴難民は難民ではない。「就職難民」という言葉から派生した言葉であろうことは承知のうえだが、紛争や言われのない差別で人生が追い込まれたわけじゃない。高学歴難民は、家族の目、親戚の目、世間の目、そしてなにより自分で自分を追い込んだ「高学歴の経済的弱者」じゃないのか。でも、そうやって一言でまとめて、理解したつもりになっていいのだろうか?

そもそも、「弱者」ってなんだ? 子ども、経済的弱者、社会的弱者、恋愛弱者など、もろもろ弱者が存在することは認める。弱者の位置に固定される要因が外部の構造的なものであれば、当事者は反対の声を上げるべきだと思うし、社会は制度や仕組みなどセーフティネットを用意すべきだと思う。ただ「高学歴」という言葉がパワーワード過ぎて、理解の置き場所に困る。ただの経済的弱者じゃダメなのか? 「高学歴」という言葉に引っかかるのは、高学歴じゃないけどなんとかやっている自分の「ゲスな他人の不幸見たさ」ではないのか? あ? そこんところは答えを出したくない。

参ったなぁ、どうすればいいんだろう?

この本を読むと、そんな「わからない」「答えの出ない」問いが、いくつも浮かんでくる。読者の反応として、「甘えたことを言いやがって」と反発する人もいるだろうし、親として子どもの進路設定や教育方針を見直す人もいるだろう。どんな反応であれ、間違っていないと思うが、だからといって今ある問題の有効な手立てになるとも思えない。

理解はする。が、どうしたらいい?

本書は、高学歴難民の人たちの独白集だ。犯罪に手を染めた人。博士課程への進学、司法試験への挑戦、海外留学により、実社会に飛び込む機会を失った人。そして高学歴難民を支える家族。ブックレビューの常道として、そのひとつふたつを要約して紹介するところだろうが、要約のために言葉を削ることも憚(はばか)られる。難民化していく過程は、彼らなりのどうしようもない理由と状況の積み重ねでしか説明できず、どこも端折(はしょ)れないからだ。その過程は、線路が敷かれているかのように整然と、絵に描いたような不幸が連続する。ところどころで登場する、本音とも自虐とも受け止められない剥(む)き身の言葉に、誰しも打ちのめされるだろう。

研究職につけないまま、高学歴難民の受け皿といったら学習塾くらいです。

援助交際っていう面倒くさいことは、私は苦手なんです。私が欲しいのは現金だけで、性は売っても、男に「金を与えてやっている」という優越感を売ることだけはしたくなかったんです。

父の言うことは、たいてい間違っているのです。

「お前の称号はMBAだな。M(みじめ)B(ぶざま)A(あわれ)」

彼らの置かれた状況は非常に厳しい。これまで2000件以上の犯罪加害者家族を対象とした支援・啓発活動を行っている著者によれば、刑務所出所者より高学歴難民の中年男性のほうが、就労ハードルが高いという。肉体労働が続かない、事務処理能力が低い、コミュニケーションができず独断で物事を進めるといった、雇用者側の消去的な理由。さらに「昼夜逆転の生活に慣れた高学歴難民に関して、規則正しい生活を送ってきた出所者より集中力に欠ける」とも……。そもそも高学歴難民の彼らと雇用者がうまくマッチングする条件や環境などあるのだろうか?

学歴はなくとも事業に成功し、社会的な影響力を得ている人々もいます。作家や評論家として活躍している人々が必ずしも高学歴とは限りません。実績で成功を収めた人々は、学歴止まりで実績のない人より、確実に社会的に評価されます。この現実が、痛いほど身に染みているからこそ、高学歴難民は辛いのです……。

それは理解したい。だからといって「ああすれば」「こうすれば」という提言も簡単じゃない。高学歴難民ひとりひとり、必要なものや対処法も異なるからだ。ただ、右にも左にも上にも下にも動けず、そこに立ち止まる当事者に願いたい。「誰か助けて!」と声を上げることを。著者は最後にこう書いている。

幸せを手に入れた高学歴難民に共通することは、ひととの出会いを大切にし、行動し続けたことです。
自ら行動を起こし、未来を切り拓いてください。

この言葉を空虚だと批判することは簡単だ。そんなこと、著者も先刻承知なのではないか。ただ、そうとしか言いようがないのだ。私は、それが著者の心からの祈りの言葉だと感じた。

  • 電子あり
『高学歴難民』書影
著:阿部 恭子

学歴があれば「勝ち組」なのか?

月10万円の困窮生活、振り込め詐欺や万引きに手を染める、博士課程中退で借金1000万円、ロースクールを経て「ヒモ」に、日本に馴染めない帰国子女、教育費2000万円かけたのに無職……。

「こんなはずではなかった」
誰にも言えない悲惨な実態!

【目次】
序 章  犯罪者になった高学歴難民
第1章 博士課程難民
第2章 法曹難民
第3章 海外留学帰国難民
第4章 難民生活を支える「家族の告白」
第5章 高学歴難民が孤立する構造

レビュアー

嶋津善之 イメージ
嶋津善之

関西出身、映画・漫画・小説から投資・不動産・テック系まで、なんでも対応するライター兼、編集者。座右の銘は「終わらない仕事はない」。

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