何を隠そう、私はライオンズファンです。90年代の黄金期を知る、ライオンズファン。今(交流戦終了直後)の私の心境を、プロ野球ファンの方なら察していただけるのではないでしょうか。
『ドラハチ』は、プロ野球の新人選択会議「ドラフト」にて、今の我がライオンズのごとく低迷しているカーボンズから8位という下位指名を受けて入団した高卒ルーキー、黒金八郎(くろかねはちろう)が主人公の物語。
観察眼の鋭さを感じさせつつも、身体能力に特筆すべき点はなく、高校野球での大きな実績もありません。指名理由も「キャッチャーが足りない」「下位指名でも入団してくれる」「キャッチングが上手い」「問題起こさなそう」という、期待感の薄いものでした。
当の本人も的確に現状を分析するクレバーさを持ち合わせています。
まさに冷静沈着なキャッチャータイプの八郎ですが、入団会見ではこんな発言で周囲をあっと驚かせます。
冷静なハズの八郎がなぜこんな大言壮語を……? そこにはちゃんと理由がありました。それは、幼馴染(おさななじ)みである少女、土門鈴(すず)の存在です。
八郎は、鈴のことが大好き過ぎて、鈴に交際を申し込むより先に、彼女の父で、カーボンズの黄金時代を築いたミスター・カーボンズこと土門大也(だいや)といきなりこんなやり取りをするほど暴走。
野球に関しては自分も周囲もよく見えている八郎ですが、鈴のことになるといろいろバグるようです。
実は鈴は、在学中に起業し成功を収めた天才女子高生社長。事業計画の一つには、なんとカーボンズの買収プランが。父が活躍していた、あの頃の強いカーボンズを取り戻すため、計画を練っていたのです。そんな鈴は、八郎にこんな条件を提示します。
愛する人からこの誘いに乗らない選択肢などない八郎は、前述の通り、記者会見でMVP宣言をぶち上げたのです。
昭和の時代、愛する南を甲子園に連れていくため投げ続けた、「本来エースではなかった」達也という少年がいました。そして令和の今。愛する鈴と結婚するためチームを優勝に導き、MVPを取るべく奮闘する「ドラフト8位選手」八郎を描く、それが『ドラハチ』。
下位指名の高卒ルーキー八郎、MVPへの道。まずクリアしなければならないのは、一軍入りです。新人キャンプでは初日から紅白戦が組まれており、八郎にも最終回にキャッチャーとして出番が回ってきます。ボールを受ける相手は、かつて名投手と呼ばれながらも、今はイップスで苦しんでいるという三河投手。なかなか厄介な役目です。
イップス……今回で言えば意図した通りにボールが投げられない症状をもつ三河の難しい投球を、八郎は見事にキャッチします。八郎のリードも冴え、なんと三者連続三振に切って取る三河&八郎バッテリー。
皆が「捕りづらい」と言っていたボールをしっかりキャッチングする八郎に、「すごいなぁ君」と褒(ほ)めたたえる三河。ここで八郎から思わぬ言葉が飛び出します。
三河には三河の事情があったのです。どんな手段を使ってでも、プロ野球の世界にしがみつきたいんだと打ち明ける三河に、八郎の言葉が刺さります。
同期入団の新人・喜住竜司(きずみりゅうじ)が、なぜ三河のボールを簡単に捕れたのか八郎に尋ねると、驚きの答えが。
話し合えばいいのに、と喜住は言いますが、「それは無理」と八郎。ここまで徹底してイップスを装ってきた人を相手に、高卒新人ドラ8が指摘しても一笑に付されるだけ。人を変えるのは難しい。なら、自分を変えればいい。八郎がサラリと口にする重い言葉に、衝撃を受ける喜住。
無謀なMVP宣言のドラ8選手、というレッテルを貼られながら、こうして八郎は少しずつ周囲の、彼を見る目を変えていくのです。
今回の記事冒頭で触れた、物語序盤でのMVP宣言シーンには、続きがあります。
まだ八郎のことをよく知らない状態で読むのと、彼が鋭い観察力をもって徹底的に調査・分析し、着実に行動に移していく選手だと知ってから読むのでは、この一連のシーンの受け取り方が変わってきますよね。
恐ろしい、と言い換えてもいいくらいの執念でMVP獲得=鈴との結婚を目指す八郎。
まさに、このセリフにすべてが集約されています。
よほど傑出した個人成績でもなければ「MVPは優勝チームから選出」という慣例を踏まえ、八郎は自身がMVPを取るため、チームを優勝させるべく、様々な変革をカーボンズにもたらすに違いありません。
八郎がどんな言葉や行動でカーボンズを強くしていくのか。彼のような存在こそ、低迷しているカーボンズには必要なのです。いや、我がライオンズにこそ欲しい選手……!
1巻中ではまだシーズン開幕前ですが、八郎のルーキーイヤーの活躍が今から楽しみで仕方ありません。
レビュアー
中央線沿線を愛する漫画・音楽・テレビ好きライター。主にロック系のライブレポートも執筆中。
twitter:@hoshino2009