世界に見惚れる
「あの場面をもう一度見たいから手に取る」を、『クオーツの王国』では何度も経験した。好きなページがたくさんある。そしてめくるのがもったいない。
すみからすみまで美しい。頭がぼーっとしてくるよ。
丹念に彫られた水晶細工のような本作の舞台は「クオーツ王国」。ここの国民はみんな「女神様」を信仰している。
子どもの頃から厚い信仰心を育てる教育が施されている。背中に翼を持つ彼らはヒトではなく、そしてみんながみんな「天使」というわけでもないらしい。
「聖類(セレス)」と呼ばれる彼らのうち、鍛錬を積んだ者だけが空を飛べるようになる。
女神様の思し召しを司り、王と国民を守るのが天使の役目。つまり聖職者と騎士のハイブリッドのような存在だろうか。
黒い翼を背負って生まれた少女“ブルー”は天使になりたい。
いい表情だよね。努力すれば「紋章」が与えられ、その紋章を持つ者は天使になれる。生まれや育ちなんて関係ない。真っ黒な翼のせいで迫害を受けてきたブルーだって、女神様を信じて、たくさん努力して、紋章を手に入れたらきっと天使になれる。
そう、ときどき、こんな禍々しい眼をすることがあるけれど。
天使になったら「悪魔」なんて呼ばれないのに
ブルーの翼の色は、クオーツ王国の人たちには異様に映るらしい。
ヒソヒソ声で「悪魔」って言ってるけどブルー本人にもしっかり聞こえてるし、天使のような翼を持ってる婆さんがこんな調子で最悪にいじわるだし、私にも「ああこの世界のみんなは、別に全員が天使ってわけでもないんだな」とよくわかる。
ブルーを心ないいじめから守ってくれたのが、クオーツ王国の第一王子・カシアンだ。
神々しい。カシアン様が登場する場面はみんな光り輝いてるよ。カシアンは、天使のなかでも最強の戦士である「大天使」を率いている。カシアンとの出会いによって、幼いブルーはますます「将来は絶対に天使になる!」と夢を膨らませることに。天使になったらいじわるもされないだろうし、みんなに尊敬されるはず。
ところで天使たちは何と戦っているのだろう。王国と、臣民と、軍と、信仰があるということは、それらに対する強烈なアンチがいるはずだ。
天使は、聖類を喰らう「悪魔」と戦っている。その悪魔の一種が、ある夜ブルーが暮らす育児院に突如現れる。
天使も強いが悪魔も強い。でもこんな市街戦をしょっちゅうやっているわけじゃない。とくに育児院は女神様の恩寵に包まれた特別な地区に位置していた。そんな神聖なエリアに悪魔が忍び込むなんて、建国から1000年のあいだ、一度だってなかった。
この事件では他にも奇妙な点がいくつかある。
とくにブルーの身に起こることは、カシアンにも、天使たちにも、そしてブルー本人にも予想だにしないことだった。
期待の雛ね
悪魔襲撃事件から3年後。成長したブルーは天使の候補生として士官学校の入学試験に臨む。この入試シーンがなんとも可愛らしい。ピヨピヨしている。
ベビードールとカボチャみたいなズロース! ロマンチックで可憐だし身軽。とてもいいです。
この試験会場では大天使の一人が明らかになる。
私の最推し、第五位大天使の“スティール様”のご登場だ。スティール様を囲んでポワーっと見上げる少女たちの気持ちがめちゃくちゃよくわかる。私も同じような顔して読んでる!
ああスティール様、どうしてそんなにお姿も言葉もまなざしもお美しいの? しかも大天使は7人いるという。楽しみでたまらない。
こうして期待の雛ことブルーの天使修行が始まるわけだが、はたして彼女は天使になれるのか。もう私はずっとハラハラしてるよ。
そもそも天使とは何なのだろう。「紋章さえ手に入れば、身分を問わず、みな天使になれる」というルールは、一見とても平等に感じるが、どこか緊張する。その紋章を手にする手段がまだ明らかでないから不穏なのだろうか。それとも天使と悪魔という二項対立や強い信仰の後ろに、美しい王国の秘密を予感するからだろうか。いずれにせよ、ブルーとカシアンがすべての鍵になるはずだ。
レビュアー
ライター・コラムニスト。主にゲーム、マンガ、書籍、映画、ガジェットに関する記事をよく書く。講談社「今日のおすすめ」、日経BP「日経トレンディネット」「日経クロステック(xTECH)」などで執筆。
twitter:@LidoHanamori