文明的には、飛行機が登場し始めた時代。戦争の傷跡も生々しい架空の国・アルドノーグを舞台に、医学生の少女・ルカの奮闘を描いた『竜医のルカ』。医学生が主人公ですが、本作に「患者」は出てきません。代わりに出てくるのは「患竜」、つまり、“患った竜”です。
ファンタジーの世界と料理を組み合わせ、架空の生物たちを食材として調理する、そんなファンタジーグルメマンガがひとつのジャンルを築きましたが、『竜医のルカ』は、ファンタジーと医療、それも竜を専門とする医療を掛け合わせた作品です。
物語は、従軍竜医だった父の遺志を継いで「竜医」を志すルカが、その登竜門となるコーグニール竜学高等学院竜医学科の二次試験に向かうところから始まります。
同じく試験に臨むクロエやジーラたちと共に、学校行きの馬車ならぬ「竜車」へと乗り込んだ一行ですが、突然1匹の竜が苦しみだし、竜車は地上へと墜落してしまいます。
ファンタジー作品なら魔法で墜落回避、なんて展開もありえそうですが、『竜医のルカ』の世界に魔法は存在しません。少なくとも1巻時点では、竜と人類が共存しているという一点においてファンタジーであり、その他の要素はとてもリアル。
ルカたちは無事でしたが、ただならぬ様子の竜が1匹。たまたま通りかかったプロの竜医が診断すると、なんと腹部大動脈瘤破裂の疑いが!
応急処置に必要な道具も揃い、手術が始まるかと思いきや――。
嘘でしょ……! 肝心の竜医は戦争で深手を負ってしまい、手術ができません。絶体絶命の大ピンチ!
准竜医の資格を持つ自分たちで竜を救おうと訴えるルカですが、二次試験の時間はもう目前。竜の命or二次試験という二択を前に、居合わせた受験生の言葉が空気を変えます。
まさに正論! これで竜の命運も尽きたかに思われましたが、ここで竜車の御者が放った心の叫びが事態を再び動かします。
ルカは、この御者の想いを受け、亡き父からもらった最後の言葉を思い出すのです。
命は数字ではない。自分が諦めなければ、命が続く可能性がある。そのことに思い至ったルカは、竜の命を救うべく、行動を起こします。竜医の力も借り、クロエや、一度は試験を選びながらも思い直して現場に戻ってきたジーラとも協力し、飛竜の治療は無事終了。
試験が終わって3時間も経ってから、学院へ向かったルカたちの目の前に現れたのは――
え、あなたはさっきのプロ竜医! なんと、竜の手術現場で一緒だった彼は、コーグニール高等学院の准教授だったのです。学院の実技試験は、教官がその目で見て「指導したい」と思うかどうかが合格基準。はからずも、あの緊急手術が実技試験の代わりになっていた、というわけです。
こうして無事入学を果たしたルカたちは、様々な症状を抱えた竜やそれらを取り巻く人々と出会いながら、竜医として学んでいきます。
本作は、そんなルカたちの成長物語でもあるのですが、ファンタジー×医療マンガの見どころもたくさんあります。特に注目したいのは、竜医として患竜と対峙したときの描写。
墜落した飛竜の大動脈瘤破裂手術シーンは、ER(救急救命室)のような臨場感。医療用語や手術工程の解説など、相手は竜ですが描かれる内容はまさに医療漫画そのもの。
医療監修付きなので本格的。大胆な執刀シーンでは、相手が竜だけに、メス(?)もめちゃめちゃ大きいです。
時には、竜の肛門に手を突っ込むという、こちらにまで臭ってきそうな荒療治まで。
肛門腺まみれになったかと思えば、手術以前の問題で、治療の施しようがない竜を延命させることの意味について考えさせられる、シリアスな状況にも直面します。
ちょっとした油断から生死にかかわるトラブルを招いたり、厳しい命の選択を迫られたり。「患者」と「患竜」の違いはあっても、医者として向き合う問題の本質は同じだということが伝わってきます。
さらに気になる点として、ルカの父親である従軍竜医・ギデオルには、何やら隠された秘密が……!? 共に竜を救ったジーラは、ルカがギデオルの娘だと知ると態度を豹変させてしまいます。
ジーラの怒りの理由、それは……!
家族を失ったジーラの気持ちも、そして父を信じるルカの気持ちもわかるから切なくなるシーン。どうやら、シグフリードとギデオルの間にも何やら因縁がありそう。
リアルとファンタジーが交差するこの世界で、ルカたちはどんな竜医として成長していくのか。様々な竜の処置・治療はどう描かれるのか。そしてルカの父・ギデオルは本当に国を裏切ったのか。
ファンタジー×医療、さらに謎要素が絡み合った本作は、物語好きの好奇心をたっぷりと刺激してくれます。戦争の傷もまだ癒えていない国を舞台に、竜と共に生きる人々の暮らしぶりにも触れながら、ルカをはじめとする竜医たちの成長と活躍をドキドキしながら見守りたくなる――『竜医のルカ』は、そんな物語の醍醐味が詰まった期待のニューカマーです!
レビュアー
中央線沿線を愛する漫画・音楽・テレビ好きライター。主にロック系のライブレポートも