魔国ホワイト化計画
「会社さえ違えばもっと評価されるのに」という人は少なくない。つまり「自分は“ここ”では活躍できないだけ」と悟ったら、戦う土俵を変えれば状況は好転するかもしれないのだ。
『聖女と魔王の偽装婚約~手に手をとってホワイト国家を作ります~』のヒロイン・ヒナタも環境をダイナミックに変えた人だ。現代のブラック企業で報われない会社員をやっていたヒナタは、異世界に召喚されて聖女となる。
が、聖女になってキラキラ活躍できるのかと思いきやそうでもない。彼女が召喚されたのは人間の国・エクシア王国。実はこの国はヒナタがよく知っているブラックを体現している。
社員を恫喝して働かせるばかりがブラック企業の手口にあらず。本作は異世界ファンタジーのスタイルをとりつつ「ブラック」の描写がリアルだ。大切なことはうやむやで、いつも監視されて、コントロールされる。これもブラックな環境の特徴だ。心理的安全性がゼロ。
ヒナタはブラック企業の邪悪なところをイヤってほど味わってきたから、異世界とはいえエクシア王国のどす黒さが鼻についてしょうがない。
聖女だけどハイハイと従うことができず、いろいろ口出しする。やがて異世界でも使えない人認定され、ある日突然お払い箱となってしまう。敵対する魔国・ドミナスの捕虜になってもエクシアのみんなは全然助けてくれないし「死にました」とか新聞で言われる始末。人を大事にしないあたりもブラックだなー。
でも捨てる神あれば拾う神ありで……?
目元のふたつのほくろが色っぽい彼は“アトラ”。実は、ヒナタのドミナスでの捕虜生活はめちゃくちゃ快適なのだ。
アフタヌーンティーとか楽しんじゃってる。アトラくんはかいがいしくヒナタの世話を焼き、ついには愚痴まで聞いてくれる。
お酒つきで。で、酔っ払ったヒナタがブラック企業での辛い思い出を口にすると、アトラくんもお返しと言わんばかりに魔族社会の悲哀を語り始める。
この酒の場に混じりたい人はいっぱいいそう。お酒の勢いも手伝って意気投合した2人は「理想の世界を一緒に作りませんか?」と盛り上がる。
起業の夢を語る場面っぽくて笑ってしまうのだけど、つまり2人で異世界で人と魔族の理想の国を作りましょう、ということだ。ベロベロに酔っ払ったヒナタが目を覚ますと……?
ウェディングドレスを着せられて、隣で微笑むのは魔王の姿のアトラくん。彼はドミナスの魔王だったのだ。
こうしてドミナスをホワイト国家化するプロジェクトが密かに始まる。この案件の第1フェーズは聖女ヒナタと魔王アトラの偽装婚約だ。
権力はあるけれどアウェイ
魔王のフィアンセになったヒナタは国の改革に乗り出すが、これが全然うまくいかない。
腫(は)れ物扱い。なんで? これも会社組織におきかえて考えると納得できるはずだ。外部から引き抜かれてやってきた人は、元々いる人にとって異分子。多かれ少なかれ警戒されてしまう。
こういうちょっとした場面がどれも社会人あるあるで楽しい。異世界なのに! かわいそうにヒナタはここでも上手くいかない? いや、今回は違う。アトラくんが隣にいてくれる。
自分になにができる?
アトラくんはよき伴走者であり、ヒナタが今まで抱えてきた報われなさを解消してくれる存在でもある。
自分でものを考えるって大変だけど尊いよね。
そしてアトラくんにとっても、ヒナタは貴重な人。
外では怖い魔王なのにヒナタとお酒を飲むときだけは別人だ。なんだかんだで楽しそう。
偽りの婚約者だったけど、実はすごくいいカップルなのでは……? 偽装といわず本当に結婚すればいいのに。
自分をわかってくれる人がいるだけで仕事はうんとはかどるし、心がポキッと折れるリスクも下がる。なにより「自分には何ができる?」って前向きな思考が育つ。どうして社会がこぞってブラック企業を非難するのかといえば、非道かつ無益だからだ。そう、長い目で見ると無益なんですよ。持続可能じゃない。ブラックな場所で誰が「自分には何ができる?」なんて考えるのか。
もちろん課題だらけの魔国の職場環境をホワイトにするのは大変。でもアトラがいれば、ヒナタはあと一踏ん張りが効く。
ここでならヒナタは自分のパフォーマンスをフルに発揮できそう。ファンタジー要素満載の異世界おしごとマンガだ。
レビュアー
元ゲームプランナーのライター。旅行とランジェリーとaiboを最優先に生活しています。