料理人に求められるのは、おいしく質の高い料理を作ること。調理スキルはもちろん、食への好奇心、技術を磨く向上心、新しいメニューを生み出す創造力だって必要だ。その点、『公爵家の料理番様 ~300年生きる小さな料理人~』の主人公・ルーシェルは申し分ない。
だって、彼がおいしそうに食べているのはあの"スライム"! ファンタジー漫画は数あれど、目を輝かせてスライムを食べる主人公はそういない。しかもルーシェルはまだ幼く、ここは山の中。どうしてこうなったかというと……。
ルーシェルは世界最強の剣士、「剣聖」の息子として生まれた。父は息子を強い剣士に育てようと、剣術や学問、サバイバル術をゴリゴリの詰め込み教育で叩き込む。しかし、ルーシェルは剣術よりは料理が得意で、性格はおっとり優しい。体が弱く病気がちなこともあって父の期待に応えることができず、身一つで魔獣ひしめく山の中に捨てられてしまったのだ。
生みの母はルーシェルを産んですぐ亡くなり、父の横暴を止める者はいない。継母に至っては、自分の息子を次代の剣聖にするため、ひそかにルーシェルとその母を呪っていた、というおまけつきである。
目を覚ますと、そこは見知らぬ森だった。すぐに状況を把握して夜に備えたり、火種にできる「ボックリンの実」を見つけたり、大人顔負けの判断能力やサバイバルスキルをもつルーシェルも、持病の発作には太刀打ちできない。
そんな彼が死に物狂いでつかんだのが、先ほどのスライムだ。
スライムを食べられるとは知らなかったけど、空腹がまぎれるだけじゃなく、普通においしい。しかも発作まで抑えてくれる。ほかの魔獣も食べられるのだろうか。狩りをして魔獣を食べれば、森の中に一人でいても生きていけるかもしれない。
ルーシェルは、持ち前の工夫と調理スキルで、山の魔獣を食べることを決意する。捨てられた日、継母は彼に「魔獣に食われてしまえ」と言った。しかしこの山の魔獣はむしろ、彼の命の糧となりそうなのだ。
山のルール
この山の魔獣たちを食べるには、ある方法をとらなくてはならない。
魔獣に一定のダメージを与えると肉体も消えてしまう。しかし、消滅する前に取った魔獣の肉や羽、外殻は、本体が消えても残る。つまり「魔獣の肉を食べるには、生きたまま捌かなくてはいけない」のだ。食べなければ、自分に明日はない。でも、こんなの残酷すぎないか……? 葛藤するルーシェル。
食前に言う「いただきます」は、その食材の「命をいただく」意味だ、という説もある。ルーシェルは無駄な狩りはしない。狩った魔獣には手を合わせて感謝し、できるだけ苦しませないように捌く。「ありがたくいただくよ」の言葉から、彼の優しさと葛藤が伝わってくる。
葛藤はするが……魔獣はやっぱりおいしい!
私が魔獣でも、どうせならおいしく食べられたい気はするが、それにしても夢中で食べるよね……。
さて、こんな調子で魔獣の肉を喰らっているとどうなるか。
そう、スキルが発動するのだ!
魔獣を食べた者は、その特性に沿ったスキルを得られるようだ。スライムを食べて体の調子が良くなったのも、何らかのスキルを獲得したからかもしれない。強い体は、この山で生き抜く力になる。健康な体を手に入れて、強い男になれば……。父は自分を許すかもしれない。こうして、ルーシェルの魔獣研究と、山でのサバイバル生活が幕を開ける。
それ、食べたらどうなる?
それから10年。生きるための研究と試行錯誤を繰り返し、りりしく成長したルーシェル。
強くなった。仲間もできた。でも……。
自分を捨てた父のことが、今でも心に影を落とす。山での生活が充実していても、できることがどんなに増えても、ふとした時に「父様なら」と考えてしまう。あんなひどい捨てられ方をしても、だ。こんな心のモヤモヤを払うには、行動あるのみだ。
ルーシェルは、父に自分を認めてもらうため、年に数回ほどしか姿を見せない魔獣の王・ドラゴンの討伐を決意する。
そして時は来る。
魔獣食と研究を重ね、数々のスキルを手に入れたルーシェルは、ついにドラゴングランドと相対する……!
父への思いを胸に成長を重ね、魔獣を捌くときには胸を痛める。そんな繊細さを持ちつつ、魔獣グルメは思い切り楽しむルーシェルが私は好きだ。ドラゴンの肉だって例外ではないだろう。最強の魔獣の肉が持つスキル、私は「そう来たか!」と思わず唸った。これは波乱の幕開けだな……と、わくわくせずにはいられないのだ。
レビュアー
ガジェットと犬と編み物が好きなライター。読書は旅だと思ってます。
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