犯人は視えるが、証拠がない
ミステリランキング5冠を達成し、「すべてが、伏線」のキャッチコピーで知られる相沢沙呼先生の大ヒット小説『medium 霊媒探偵城塚翡翠』。美貌の霊媒・城塚翡翠と、推理作家・香月史郎がタッグを組み、様々な事件を解決していく。この小説を読み終えたとき、予想もしなかった爽快感と「自分はいったい何を読んでいたのか?」という驚きがあり、物語の始まりと終わりで全く違う本を読んでいたような感覚になった。
本作はこの話題作を、漫画版『十角館の殺人』(綾辻行人)を手掛けた清原紘先生がコミカライズしたものだ。美しい絵柄と漫画ならではの表現で伏線を張り巡らせ、原作の既読・未読に関わらず、謎解きを堪能させてくれる。
推理作家・香月史郎は、大学の後輩・倉持結花の付き添いで、霊能者に会うことになる。ひと月ほど前、軽い気持ちで占いに行った結花は、占い師に「女性があなたを見て泣いている」と言われて以来、奇妙な夢に悩まされている。
折しも、世間では若い女性ばかりを狙った連続殺人事件が起きている。悪い予感を感じるが、一人で知らない霊能者に会うのも不安な結花は、香月を頼ることにしたのだ。
翠(みどり)の瞳を持ち、美しく精巧な人形のようなこの若い女性が、霊能者と言われる「城塚翡翠」だ。
翡翠は結花や香月のことを次々と言い当てる。結花の家の様子も視えているようだ。
翡翠の能力を信じたわけではない香月も、「心当たりのない水滴」と「泣く女」の関係は気にかかる。香月は、結花の家の空気を直接感じたいという翡翠とともに、結花の家を訪ねる約束をする。
当日、結花は待ち合わせ場所に現れず、自宅で頭から血を流して亡くなっていた。現場の様子から、警察は空き巣などの犯行を疑っているようだ。しかし、現場を見た翡翠が口にしたのは、警察の見立てとはまるで違う犯人像だった。
「犯人当て」以外の楽しみ
霊能力と言われても、たいていの人は疑ってかかるだろう。香月も例外ではない。しかし、翡翠の言葉はいつも現実の少し先を示しているようで、次第に香月は翡翠の能力への疑いを解いていく。また翡翠は、正しくは「霊能力者」ではなく、死者をその身に降ろすことができる「霊媒師」なのだという。二人は結花の霊を翡翠の身体に降ろす「降霊」を試みる。そこで香月が目にしたものは……。
翡翠の能力によって最短距離で事件の真相に辿(たど)り着けても、霊視による結論には証拠能力がない。香月が示す「筋道をつなぐ論理」が必要となる。
翡翠が先に答えを示し、香月が推理であとから納得できる論理を示す様子は、犯人の視点から語られる「倒叙ミステリ」に近いスタイルだ。
翡翠の能力が感知する「不思議」なことと、香月の推理による「考えるべきことは何か」という情報がテンポよく、時にさりげなく明かされるので、読者も自然と、二人とともに謎を解きたくなる。
霊能力はミステリにおいてはご法度(はっと)……かもしれないが、香月のロジカルな推理が、翡翠の示す答えにたどり着く道筋は、やはりミステリだ。犯人は誰か、早い時点でわかっていても、それはこの漫画の楽しみを削ぐ要素ではない。
#翡翠ちゃんかわいい
SNSには「#翡翠ちゃんかわいい」というハッシュタグがある。「すべてが、伏線」と言われるこの物語でネタバレせずに言える感想はそれだけ、という意味でもあり、文字通り、翡翠がかわいいという意味もある。コミカライズされた『medium 霊媒探偵城塚翡翠』は作画がとても美しく、原作イメージ通りの翡翠の可愛さに頬が緩む。仕草や表情の変化で見せるミステリアスな雰囲気もいい。
一方の香月も原作のイメージ通りだが、翡翠に対する態度がスマートというよりは初々しい感じなのが新鮮だ。少し影のある雰囲気なのもいい。翡翠のくるくる変わる表情と、香月の落ち着きのギャップで、霊媒と探偵という凸凹バディ感がより際立つ魅力的なコミカライズだと思う。個人的に最高にグッときたのは、香月と翡翠がメッセージでやり取りするスタンプのチョイスだ。原作ファンとして「解釈一致!」とニヤニヤしてしまった。キャラデザインの良さだけでなく、登場人物の一面がこんな風にさりげなく描かれているところにも注目したい。
そんな二人の活躍の裏に、若い女性だけを狙い、証拠を一切残さない連続殺人犯が見え隠れする。異色のバディと、世間を騒がす連続死体遺棄事件が交差するとき、何が起こるか……。漫画ならではの『medium 霊媒探偵城塚翡翠』がとても楽しみだ。
レビュアー
ガジェットと犬と編み物が好きなライター。読書は旅だと思ってます。
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